教科書では教えてくれない日本の神話と天皇さまの秘密

西暦はページ、改元は章

 

タモリさんは改元を記念した特集番組のなかで、「西暦というものが、 ずっと(続く)本のページ数だとすれば、元号というのは日本だけが持っている『章』。その章があるから(時代の)切り替えができますよね」と、日本人なら誰でも納得できる言葉で改元を解説してくれました

 

改元とは? 

「元号」とは基本的に東アジアで行われた「国家の年齢の数え方」で、これは国家を支配する君主が土地人民だけでなく時間をも支配するという考え方に基づく。これと対照的なのがキリスト教紀元やイスラム教紀元などの「紀元」で、これは時間を支配するのは神で国王も平民もそれに従うべきだという考え方です。たとえば、西暦2018年だが、これはもともとキリスト教紀元でイエス・キリストがこの世に赤ん坊の形で降りてきた年を紀元1年とし、それから何年経過したかを示すものです。

 

憲法のもと、国家、国民の象徴として即位された令和の新天皇さま。そのお仕事は、国の象徴として、災害が起こった際の慰問や、外国との交流。そして、法律や重要な人事をつかさどる、玉璽を押印されることなど多岐にわたります。その中でも、最もお時間やご負担がかかるものとして、宮中三殿における神職としてのご祈祷があるそうです。国の安寧と世界平和を願い、日々お祈りをかかさない今上天皇さま。天皇さまは国家の象徴としての存在と同時に、日本における神道の最高権威でもあらせられます。カソリックにおけるローマ法王と同意の仕事と、王族としての公務を同時にこなされる激務がそこにはあります。

 

31年にわたっての天皇としての旅をつづけられてきた上皇陛下さまに安らかな日々が続くことを、また新たに即位された令和の新天皇さまのご健勝をただただ願うばかりです。 

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平成から令和へ~平成天皇さまのお言葉より~

 「平和に成る」 天皇様の願いが叶った御代

  

 平成31年4月30日、天皇様は譲位をされ上皇に、あけて令和元年5月1日、新天皇さまのもと、御代は、「平成」から「令和」となります。

 

平成の天皇さまの想いは、元号にあるとおり「平和に成る」という願いでした。その想いのとおり、31年の御代にあって、国内国外で日本は戦争がない時代となりました。一見、当たり前にも思える「平和」。そして当たり前のように国民に寄り添ってくださる「天皇」さまがいるという幸せ。譲位を期に、そんな当たり前に享受してきた「当たり前じゃない当たり前」に陽があたっています。

 

ネットでは、コンビニの前でたむろする高校生たちによる何気ない会話に注目が集まっています

 

swenbay @michaelsenbay   

コンビニ前で男子高校生たちが「天皇さまさ、5月からマジでゆっくりしてほしい」「俺のじいちゃんは毎日クレープ買いに行ってるから、そんな感じで好きなモン食ってほしい」「天皇さま、何食べんのかな」「からあげクンとか食うのかな」「からあげクン美味しいから食べてほしいよな」と雑談している

 

言葉づかいに宿題?はのこるものの、平成の時代になっても、国民による素朴な尊崇の想いはきちんと受け継がれていることに安心しました。またタレントで知的な一面をもつカズレーサーさんは、「令和に変わった瞬間、われわれも実感がなかったんですけど、その実感がないってことが、現上皇と陛下の努力、そして多くの方の賜物だと思うんですよね」と語り、「こういう平和な時代が続くことが、本当心より望むばかりですね」と締めくくりました。

  

左翼さんが居座る現代の教育行政のなかでは、「天皇」を学ぶ授業はなく、歴代の天皇さまも、何の説明もなく、無機質にお名前がだけが、唐突に登場するそうです。それでも、国民は天皇さまを愛している!平成から令和へ、新しい天皇さま、そして上皇さまともに、日本の繁栄が千代に八千代につづくことを確信しています。

 

天皇としての旅をおえようとする時・・・

 

85歳の誕生日を前の記者会見のお言葉(全文)

この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が一日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。 

 

今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。 私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。 第2次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉(しゅうえん)を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。 しかしその後の世界の動きは、必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し、また、テロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには、多数の難民が苦難の日々を送っていることに、心が痛みます。 

 

以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え、昭和27年、18歳の時に成年式、次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年、英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠(たいかん)式に参列し、その前後、半年余りにわたり諸外国を訪問しました。 それから65年の歳月が流れ、国民皆の努力によって、我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め、平和と繁栄を築いてきました。

 

昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43年に小笠原諸島の復帰が、そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。

 

 そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています。 

 

そして、戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。 次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火、平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり、平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり、多くの人命が失われ、数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。ただ、その中で、人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また、災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には、いつも心を打たれています。 

 

障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも、私どもの大切な務めと思い、過ごしてきました。障害者のスポーツは、ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが、それを越えて、障害者自身がスポーツを楽しみ、さらに、それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。パラリンピックを始め、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を、皆が楽しんでいることを感慨深く思います。 

 

今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際には、できる限り会う機会を持ってきました。 そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。

 

また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています。 明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来皇后は、常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました。また、昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし、愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば、私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく、現在の皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来(じらい)この伴侶と共に、これまでの旅を続けてきました。 天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います。 

 

そして、来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります。多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。 今年もあと僅(わず)かとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。

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「どうして一流の経営者は靴をそろえるのか」との質問について

家訓ニストの幡谷です。平成31年4月、発表させていただいた二作目の著作「どうして一流の経営者は靴をそろえるのか?」について、おかげさまで多くの皆様にご購入いただいております。この場をかりて厚く御礼申し上げます。

 

1作目の「世界一簡単な幸福を招く家訓のつくり方」については、育児や親学の切り口で、そして新作では、企業経営の目線から、家訓や社訓をつくり育むことで、幸運がめぐまれることを紹介しています。

 

一見、商いに関係なさそうな、「靴をそろえる」という習慣も、素朴な道徳という視点でいえば、最も大事にしなくてはいけないことだと幡谷は確信しています。そして本をお読みいただいた多くの読者の皆様からも同様の感想を頂戴しております。ただし、まだ本を読んでいない悪い友だちからは、「どうして靴なの?」とか、「本当に経営者はみんなやってるの!?」等々の質問を頂戴してきました。

 

っということで、新作の発刊を記念して、そうした質問にお答えしたいと思います(--〆)

答えはすべて本の中に。。。っていうか、本を買ってくれ(*_*)

 

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『断捨離』と『家訓づくり』の幸福な関係

 断捨離とは?

 

 (参照:やましたひでこ著「断捨離」

https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E3%83%BB%E7%89%87%E3%81%A5%E3%81%91%E8%A1%93%E3%80%8C%E6%96%AD%E6%8D%A8%E9%9B%A2%E3%80%8D-%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F-%E3%81%B2%E3%81%A7%E3%81%93/dp/4838720521

  

断捨離(だんしゃり)とは、不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこ(山下英子)の著書において発表された。「断捨離」「クラターコンサルタン」は山下英子の登録商標である。

 

断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、

 

断:入ってくるいらない物を断つ。

捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。

離:物への執着から離れる。

 

として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的である。ヨーガの行法が元になっている為、単なる片付けとは一線を引く。

 

著者であるやましたひでこ自身も、物を溜め込む母親に対して毒親視するような感情が、断捨離を行うことによって改善したと語っている。また、著書群の説明において、以下のように語っている。

 

「日本では伝統的に「もったいない」という観念・考え方があるが(これはこれでひとつの考え方・価値観ではあるが)、この考え方が行き過ぎると物を捨てることができなくなり、やがてすでに使わなくなったモノ・将来も使うはずがないモノなどが家・部屋の中に次第に増えてゆき、やがては自分が快適に居るための空間までが圧迫され、狭くなり、また人は膨大なモノを扱うのに日々

膨大な時間や気力を奪われるようになってしまい、知らず知らずのうちに大きな重荷となっていて心身の健康を害するほどになってしまう。」

 

  後に様々な著者によって、断捨離を扱った本が出版されるようになった。自分と物との関係だけでなく、仕事と人間関係にも断捨離を実践することをすすめる書物も出版されるようになった。断捨離は、「断・捨・離」として2010年の流行語にも選ばれ、近年では断捨離を実践する人を「ミニマリスト」と呼ぶことがあるが、著者のやましたひでこ自身は、断捨離とミニマリストを明確に区別している

 

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なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか?と天明茂先生

家訓二ストの著作第二弾となった「なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか?」では、帯書きに、公認会計士であり人間力大学校の理事長でもある天明茂先生の推薦を頂戴しております。

 

先生の推薦文には・・・

「家訓二スト幡谷先生だから書ける”企業が永続する秘密”この本は―、『平成の論語と算盤』です。」

 

との言葉を頂戴しました。

 

■天明茂先生とは?

 

てんみょう・しげる――昭和17年東京都生まれ。明治学院大学卒業後、(株)日本コンサルタントグループを経て一般社団法人日本創造経営協会に所属。昭和55年よりTKC出版主催の研修会講師、中小企業大学校各校講師を務める傍ら、行き詰まった企業の再建、経営計画策定指導、講演活動などに携わり、平成9年から宮城大学に奉職する。現在、公認会計士、事業構想大学院大学教授、東京国際大学客員教授、宮城大学名誉教授、NPO法人全日本自動車リサイクル事業連合理事長、あおもり立志挑戦塾塾長、宮城県多賀城市行財政経営アドバイザー。

 

先生との出会いは、丁度一年前。前職で同期入社の仲であり、同業種の経営者でもある関東食糧の臼田社長の紹介でした。当日は、家訓本の出版元にもなったザメディアジョングループの山近代表も同席していただき、日本に横たわる様々な問題について議論し、交遊を深めさせていただきました。

 

幡谷が開発した家訓づくりプログラムでは、家系図づくりに挑戦するワークショップを取り入れています。一方、天明先生は、家系分析のプロとして、一回5時間の講座を4回にわけて受講する「立命塾」を手掛けています。前述の臼田くんも受講生の一人であり、わたし幡谷も休み休み?足掛け1年をかけ、なんとか卒業をしております。

 

公認会計士として活躍されてきた天明先生は、問題企業の再生人として、数々の修羅場をくぐりぬけてきた経験をお持ちです。その実体験の中から、企業を永続させる方法は、先祖の徳であるっとの確信を得て、現在の活動につなげておられます。幡谷は家訓から、そして先生は企業再生から、まったく違うアプローチでありながら、結局同じ山を登っていたというのが正直な感想です。

 

天明先生は、キャリアもお人柄も、恐れ多いほどの人格者ですが、家訓二ストである幡谷にとっては、志をともにする仲間であり、同志であると、勝手にリスペクトをしています。 今回、二冊目となった家訓本「なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか?」は、立命塾で学んだ内容が色濃く反映されています。また推薦文まで頂くことに至り、先生とのご縁、そして縁をつむいでくださった臼田くんに感謝するばかりです。

 

先生とは、立命塾のセミナーの一環として、家訓づくりのコラボ企画を計画中です。

本をだすことは目的ではなく、本は明るい豊かな社会づくりを担うただの一歩目です。家訓二ストの新展開に乞うご期待!

 

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「家訓」の世界へようこそ!

慣が、素晴らしい人生をつくる

家族の無事をねがい、子供の健やかな成長をたくす「育児」。しかし、様々な情報が錯そうし、何が大事か、何を優先すべきか、迷子になっていませんか?

わたしは、そんなお父さん、お母さんの悲鳴をききつけ、解決を図るために、様々な機会に登場し、「家訓づくり」のセミナーを開催してきました。

 

この5年間で、PTAや、各種研修、青年会議所などを中心に、全150回、7000名を超える方々に対し研修をおこなっています

 

「家訓」とは、言い伝えや教訓を子孫に残す文化で、古来より日本に根付いてきました。古臭いもの、あるいは、名家や、老舗にあるもので、自分の家とは関係ないと感じたのではないでしょうか?しかし、「家訓」は特別なものではありません。誰にでもできるシンプルな習慣です。守ってほしい家族のルールや、人生のなかで大事にするべき「伝えたい」言葉、それが家訓です

 

家訓は、おじいちゃん、おばあちゃんの知恵であり、人生で本当に大事にしなければならい金言がそこには溢れています。たとえば、セミナーを受講された狭山市の石川さんは、「靴をそろえる」という家訓をつくりました。たったそれだけのことでも、家族全員が、1つのルールを守る事で、たくさんの素敵な変化が家族のなかに起こったと教えていただきました。家訓づくりでつくる習慣が、ご家族の素晴らしい人生を約束します。学校の勉強も大事ですが、もっと大事なもの、それが正しい習慣です。

 

この度、セルバ出版さまより

世界一簡単な幸せをまねく家訓の作り方

 

が、発刊されます。

これまでのセミナーで学んだこと、体験してきたことを1冊の本にまとめました。これにあわせ、家訓ニスト協会(仮)と、協会の専用のホームページを立ち上げます。

 

この機会に、著作を多くの皆様に手に取っていただき、素晴らしい家訓の世界と、幸せを招くちょっとしたヒントを全国の皆様にお届けできれば幸いです

 

2015年5月

家訓二スト協会(仮) 会長 幡谷哲太郎

 


Videos / Music

・・・工事中

kakun

 訓は、家族を幸せにする魔法の杖

 

家訓と出会って、本当に今の自分が幸せなんだなと感じるようなりました。

(埼玉県 主婦Aさんより)

 

家訓づくりに挑戦した主婦の方から、嬉しいお便りを頂戴したことがあります。子育てのなかでは、忙しい毎日をこなすばかりで、イライラがつのり、主人や子どもにあたり、「私だけ辛い。誰も理解してくれない」と壁を作ってはマイナス思考の日々だったそうです。それでも心のどこかで「このままではいけない」と感じたなかで、出会ったのが、「家訓」によるシンプルな子育てです。

 

 をそろえる

家訓づくりのセミナーでは、シンプルな家訓を選ぶようにおすすめしています。埼玉県狭山市の石川さんは、「靴をそろえる」、そんな家訓を制作されました。

 

最初は、半信半疑で始めた習慣でしたが、家族で決めた、1つのルールをみんなで守るようになると、家の中がピシッとするようになったと石川さんは教えてくれました。

 

下のお姉ちゃんは、幼稚園で、この習慣を守り、他の園児の靴を毎日そろえているそうです。

お母さんも、子供の変化に驚いており、それまで、怒ってもいう事を聞かなかった子供たちが、「靴をそろえる」家訓をきっかけに、自分のことを自分でやるように変わってきたとの嬉しい報告をくださりました。

 

家訓は、家族を救う魔法の杖です。ぜひそんな魔法をあなたの家族にかけてください。

 

 訓づくりはエンターテイメント

 

育児は、育児本でなく、手本。そして輝く父ちゃんと母ちゃんこそが、一番の教科書です。

わたしは、単純に、いい母ちゃん、いい父ちゃんのもとでは、いい子どもが育まれると考えています。

 

家訓づくりのセミナーは、楽しく笑顔がたえない内容です。そして、家訓は家族の歩みに寄り添い、もっとたくさんの笑顔をご家族にもたらします

 

人生をハッピーに過ごしてもらうために!家訓ニスト協会(仮)では家訓づくりを推進していきます

 

 

 

 

 

 

Gallery

セミナーの実施風景①(尾道)


 セミナーの実施風景②(幸手市) 

 

セミナーの実施風景③(安来市)

ガイダンスにしたがって、誰でも楽しく家訓づくりに挑戦できます