家訓にみる組織論

家訓にみる組織論

 

 

組織の悩みは、そこに働く人、そして組織を率いる人、それぞれに尽きることのない悩みです。そんな悩みは、現代だけでなく、有史以来、ずっと続いてきたものではないでしょうか?

 

日本は創業200年以上つづく老舗の数が世界一の老舗大国と知られています。老舗の歴史は、数々の困難を乗り越えてきた歴史です。歴代の経営者は、困難を乗り越えるための教訓を「家訓」として託し、次の世代、そして次の世代とつないできました。

 

たとえばある商家では、後継ぎ(長男)が出来が悪かったら、優秀な番頭さんを選び、婿にしろっとの家訓を伝えています。老舗の数だけ家訓(教訓)がある家訓天国、日本。そんな中でも、一番の家訓が遺された時代が戦国時代の武将たちによる「家訓」です。

 

荒々しいイメージの強い戦国武将たち、しかしその実態は、領国経営にいそしむ敏腕経営者だったのではないでしょうか?たえずライバル企業との領地(シェア)争いに巻き込まれ、

隙をみせれば、部下にも寝首をかかれる下剋上の時代、武将たちはどんな「家訓」を遺したのでしょうか?

 

黒田家の場合

 

黒田長政の「異見会の三つの掟」 

希代の軍師として知られる黒田如水(官兵衛)の息子、長政。長政は、父、官兵衛の跡をつぎ福岡を発展させ、今に続く、繁栄をもたらした名経営者です。黒田長政は生存中、毎月日を決めて「異見会」を開いていました。「異見会」とは、いまでいう会議です。その三つの掟とは、

 

一、身分を忘れる

二、何でも言い合っても後にしこりを残さない

三、秘密を守る

 

出席者は、部屋の釈迦像に向かい、手を合わせてこの三つを誓う。この「異見会」は幕末まで続き、黒田家の安泰の礎となった。また長政は嫡男忠之へ遺言として、次のような言葉を遺しています

 

兵法は平法と心得よ 

(意:居ながらにして、天下を平らげることこそ真の兵法。民百姓まで安楽にあってこそ兵法である)                         

 

 父、黒田如水(官兵衛)は「異見会」の基となった子の長政や部下たちに残した訓戒も紹介させていただきます。

 

 すべて人には、相性が良い、悪いということがある。主人と家来の関係でも同じだ。多くの家来の中にも、主人の気に応じる者と応じない者が居る。応じる者は相性が良いと言ってよいだろう。しかしこの者がもし善人であったならば、国の重宝となるが、悪人であったとすれば、国家の妨げとなるのだから大変な違いである。したがって、家来の中に、例え自分と相性が良いものがあっても、それを専ら近く召使い、心を奪われることは危険である。それは相性が良い場合には、ともすれば悪い事を見逃すこともあるから、良く注意して、そういう点を発見し、自分に対して諫言もさせるとともに、またその者が良い気になって行儀が悪かった時には、傍らに呼びつけて意見をすべきである。

 

黒田藩のガバナンスを考える

日本では、大企業になればなるほど、ガバナンスの重要度が増してきます。しかし、ガバナンスを徹底させるために会議につぐ会議をするというのも、逆にいい結果を生まないのではないでしょうか?黒田藩で採用されていた「異耳会」は、会議を有意義なものにするための知恵がたくさん詰まった「家訓」です。 経営者にとって自分と異なる意見を持つ社員さんの存在は疎ましいもの、しかし黒田藩では、そうした異分子を大事にしてきた歴史があります。そして、官兵衛は、YESマンばかりだとまずいとの訓戒を遺しています。

 

現代を暮らす我々にも、会議の仕方、そして人材登用の妙を、黒田衛、長政の親子の「家訓」から学ぶことができます。

 

続きを読む

樹木希林の遺したメッセージ

樹木 希林(きき きりん)

生誕:1943年1月15日

死没:2018年9月15日 」

 

日本の女優。東京府東京市神田区(現・東京都千代田区)出身。夫はロック歌手の内田裕也。間に娘・内田也哉子(エッセイスト、本木雅弘夫人)がいる。夫の内田とは長く別居を続けていた 若い頃から個性派女優として数多くの作品で張りだこ状態でした。

 

数年前に全身ガンを告白しつつも現在も精力的な活動で活躍する樹木希林さんの若い頃が想定外に破天荒です。

 

旦那よりもロックンローラーな半生

夫の内田裕也との別居婚も有名ですが若かりし頃から別居婚というスタイルを選びつつ壮絶なDVにも合うも離婚を選択しなかった樹木希林さんの内田裕也さんへの思いや関係を改めて追ってみようと思います

 

生前出演した「ファミリーヒストリー」では、家系をたどると徳川幕府最後の将軍に従えた武家の出身にさかのぼる家であることが紹介されました。本人の証言によれば、実業家としての顔も持つ母親清子さんは当時の戦前戦後を通じてカフェ、アパート経営、仕立て屋、料理店などを経営する女性事業家として活躍する女性だったという。

 

誰かに似てる?ヒモ状態の父親

ただ、肝心の実父は元警察官であったが清子さんとの結婚後はその職を辞して一切働く事がなかったそうです。今風に言えば完全にヒモ状態の父親、働かずに趣味で始めた琵琶の演奏に没頭していたというでもそれを許してバリバリ働く母親清子さんと温厚で優しく人柄の良い父親は樹木さん姉妹ら曰く『母親がとことん惚れこんだ亭主』だったとのこと。

 

働きはしないけど、人として夫として心から惚れてい母親と働かないが温厚で琵琶に没頭する父親を見て育った樹木希林ら姉妹。この実の両親像が樹木希林さんに与えた影響は恐らくかなり大きかったのではないでしょうか?

 

女優の道へ

樹木希林さんは市ヶ谷にある千代田女学院に入学後演劇部に在籍しそれがきっかけで、当時薬剤師を目指し勉学に励むも大学受験直前にスキーで足を怪我した事が元で大学進学を諦める。その後女優への道を選ぶも1964年同期だった俳優の岸田森(きしだ しん)と結婚。4年後の1968年に離婚。 その後1973年10月内田裕也と結婚。わずか結婚から1年半で別居。原因は内田裕也の家庭内暴力がかなり酷かったといわれています。

 

 

それでも別れない夫婦の関係

別居生活50年来の夫婦関係にはどんな秘密があるのでしょう。その間もかなりな女性関係で浮世も流した夫内田裕也との離婚をそこまでして避けた理由は? 「好きだから別れたくない」 凄いインパクトある言葉です。また別のインタビューでは生まれ変わったら一緒になりたいか?との質問に、「お互い顔をふせて歩くと思います。顔をあげたら好きになってしまうから・・・」 っと

 

度重なる不祥事の度にマスコミの前に登場した生前の樹木希林さん。籍を入れた責任上、どうするかを考えながらいきたい。」と、謝罪を繰り返してきました。そして「夫1人だけ奈落の底に落として、自分だけ保身ということはしません。」と、どうしてそこまでっと思えるぐらいの関係です。

 

夫婦のことは夫婦しかわからない。変わった関係にも思えた二人の関係こそ、二人にとって一番いい距離感だったのかもしれません。近年、「文春砲」に代表される芸能人の不倫関係や家族の関係を面白おかしく報道されることが多くなりました。でも、本来夫婦のことは夫婦でしかわからないもの、あーだこーだと形を決めつける世間こそが間違っていたのでしょう。

 

樹木希林さんの遺言、そして家訓

樹木は8月15日の手術直前、「ワイドショーで知ったら嫌でしょう」と相手のことを思い、内田に自ら電話をしたという。樹木は『いままでいろいろ悪かったね』と伝えたそうです。内田も『こっちこそ悪かったな』って。

 

痛快なまでにかっこいい女、樹木希林さん。数々の名言を遺した希林さんですが、いわゆる「家訓」というものは発見できませんでした。しかし、彼女の生きざまこそが家訓であり遺言だったと確信しています。

 

たえず問題を引き起こす夫・内田裕也。そして晩年は全身癌を告白し苦しいはずの闘病生活も笑いと飄々としたコメントで周囲を常に明るく照らす樹木希林さん、生前、「ありがたいという字は、有り難い→難有りと書く。病気も旦那もありがたいっと」

 

2018年9月15日享年75歳没心からのご冥福をお祈りします

続きを読む

大泉洋 家訓?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大泉洋さんは江別市生まれ。北海道テレビ制作の「水曜どうでしょう」出演をきっかけに大ブレークし、地元はもちろん全国区で活躍している。2014年には道庁から「北海道特別『福』知事」にも任命、北海道が生んだスターとして抜群の人気をほこっています。

 

映画のイベントで披露された大泉家家訓とは?

俳優の大泉洋(45)が13日、都内で行われた映画「焼肉ドラゴン」(22日公開)大ヒット祈願イベントに参加した。

 

劇中の一家の家訓「明日はえぇ日になると、前を向いて生きろ!」にちなみ、自身の家庭の家訓を聞かれ「親父が言ってたのは『食べられるか食べられないかは、食べて判断する』。腐ってるかもしれないけど、食べて判断する。妻が『捨てるよ』と言っても『待ちなさい』と」と“大泉家のしきたり”を説いた

 

同作は、2008年に、日本の新国立劇場と韓国の芸術の殿堂(ソウル・アート・センター)のコラボレーションで製作された同名舞台を映像化。高度経済成長期の真っ只中、万国博覧会が催された1970年代に関西の地方都市の一角で、一家が営む焼肉店を舞台に、故郷を奪われた6人の家族が時代の波に翻弄されながらも、泣いて笑って、力強く生きる姿を描く。

 

 公開を直前に控えた真木は「撮影は、とても濃厚な1ヶ月だった。今でも忘れられないくらい素晴らしい家族の関係を築けた」と感慨深げ。韓国からの“逆輸入俳優”としても知られる大谷は「言葉の壁が現場であると思い“通訳”としても意気込んでいたけど、中盤になったら、皆さんが通訳を介さずに韓国の役者さんと会話していた。家族の輪が自然と出来上がっていましたね」と笑顔で振り返った。

 

 家族がテーマの作風になぞらえて“家訓”を問われた大泉は「父がとにかくもったいないからと、物が捨てられない人だった。『食べれるか、食べれないかは“食べてから”判断しろ』と言われてましたね。それは私も実践しています」と告白。鄭義信監督から「それは家訓じゃない」とツッコミが入ると、真木も思わず吹き出していた。

 

続きを読む

森信三 「家訓」躾の3原則

 

人間は一生のうち 逢うべき人には必ず逢える。

しかも一瞬早過ぎず、 一瞬遅すぎない時に。

森信三 名言より)

  

 

 

愛知県知多郡武豊町に父・端山(はしやま)俊太郎、母・はつの三男として生まれる。2歳で岩滑(やなべ、現在の半田市)の森家に養子に出され、以来森姓となる。

 

1920年(大正9年)広島高等師範学校英語科に入学、福島政雄・西晋一郎に学ぶ。

1923年(大正12年)、京都帝国大学哲学科に入学し、主任教授西田幾多郎の教えを受け、卒業後は同大学大学院に籍を置きつつ天王寺師範学校(現大阪教育大学)の専攻科講師となる。

1939年(昭和14年)に旧満州の建国大学に赴任、敗戦後の1946年(昭和21年)に帰国、

1953年(昭和28年)、神戸大学教育学部教授に就任。

1975年(昭和50年)「実践人の家」建設。

1992年(平成4年)逝去。

 

おもな著書に『修身教授録』『哲学叙説』『恩の形而上学』などがある。ちなみに「信三」は戸籍上は「のぶぞう」と読み、「しんぞう」は戦後帰国した際に他人が読みやすいという理由から名乗った通称である。

 

森信三とは?

(参照:一般社団法人 実践人の家) 

http://www.jissenjin.or.jp/profile.html

  

人には迷いがあります。森信三の若い時代も迷いの連続でした。しかし、真摯な取組みで人生の真理の解明にあたり、独自の人間哲学、教育哲学の道を切り拓いてきました。膨大な著作、中でも「修身教授録」は大ベストセラーとして信三の名を高め、半世紀以上経た今でも広く読み継がれていますが 、信三は著作以上に実践のひとでした。 学校での講義の合間に全国津々浦々に脚を延ばして人間教育の土台づくりを図りました。精力的な教育行脚は晩年を迎えて更に拍車がかかりました。信三に接した人々は皆、信三の一言で迷いが消え、新たな気持ちで職務にあたれたと語っています・・・・・

 

   『学者にあらず、宗教家にあらず、はたまた教育者にあらず、ただ宿縁に導かれて国民教育者の友としてこの世の生を終えむ』 という自銘のことばに従い、『私の内面には、常に全国五十万の国民教育者の姿が消えたことはない』 と明言し、 一万回以上にわたって、全国津々浦々への講演行脚に明け暮れた。

 

西洋の哲学に飽きたらず、日本人として如何に生きるべきかの探求から「全一学」を提唱した。 教育においては [ しつけの三原則 ] [ 学校職場再建の三大原理 ] 主体的人間になるための [ 立腰教育 ] などを ひろめ、森信三の教えは学校や企業での研修教育に採用されている。 全著作全集は33巻に及ぶ。その他、啓蒙書として [ 修身教授録 ] [ 幻の講話 ] 等の名著を遺す。 

 

続きを読む 0 コメント

AI時代の家訓と家系図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

婚活に活用されはじめた「AI」(人工知能)

 

ウェジー (参照:https://wezz-y.com/archives/57298

 

ここ数年のコンピューターの進化はすさまじく、とくに「AI」といわれる人工知能は、チェスや将棋、囲碁の世界チャンピオンを次々にやぶり、AIによってなくなる職業なる研究も発表され、コンピューターが人類をおびやかす・・・とまで言われるようになりました。

 

AIの特徴は、人智をこえた数万、数億のビックデータを駆使し、人間では気づきにくい法則性をみつけだすことです。これからもさらに進化するAIは、わたし達の生活をより便利に、そして豊かにしてくれる事でしょう。最新技術を活用した様々なサービスが登場する中、特に異彩を放っているのがAIによるマッチングサービスです。

 

愛媛県の「えひめ結婚支援センター」では、AIに蓄積されたビッグデータから、利用者の好みに合いそうな相手をマッチングするシステムを導入しており、これまで約900組のカップルを結婚に導きました。AIによるマッチングのメリットは、肩書きからは見えない部分での相性の良し悪しを分析してくれる点だろう。「性格」や「相性」というのは、長い時間を共にしなければわ分かりません。最高裁判所が公表している「司法統計年表」によると、平成27年の離婚の申立動機は「性格が合わない」が男性(10900件)、女性(19380件)と共に最多。2番目の動機は男性が「異性関係」(2637件)、女性が「暴力を振るう」(10882件)であり、性格の不一致が突出していることがわかる。サービスを利用したりAIを活用したりするなどして、客観的に性格を分析したうえでのマッチングは、少なくとも「性格が合わない」が原因での離婚リスクを減らせる可能性はあるのかもしれません。

 

自分の好みほどいい加減なものはない?

なぜ人生を決める結婚でAIが活躍するのか?その前提となるのが、人は自分が思っているほど、自分の好みを理解していないという残念な真理です。AIが活用される前、フィアンセをみつけるために、背が高いとか、収入だとか、その他もろもろの好みを担当に伝え、マッチング相手を探していたそうです。しかしどうにも効率?が悪い。そこでAIは、これまでマッチングに成功した事例をビッグデータで洗い出し、本人も気づいていない好み、そして運命の相手を紹介するそうです。この時、AIが参考にするのが、家族構成や友達のシンクロ率です。人間の性格や好みはこうした環境によって大きく作用されます。コンピューターは本人も気づかない深層心理を教えてくれるツールになってきたのでしょう。

 

一見、最新鋭とも思えるAIよる婚活。しかし、数十年前は当たり前だったお見合い結婚。そしてどこの街にもいたであろうおせっかいおばさんによる仲人も、結局AIと同じシステムでマッチングを実現していたのではないでしょうか?

 

仲人さんが、お見合い相手を探すとき、参考にしたのは家族構成であり、親の性格や人柄、その他もろもろの情報であったと推測されます。逆に、無視?したのは本人の意向だったのかもしれません。実は、家訓ニストの祖父・哲郎は、地域では有名な仲人おじさんでした。年頃の男女がいると聞いては手帳に書き留め、親同士で勝手に縁談をすすめるのが祖父のスタイルです。会ったこともない相手を伴侶に選べるのか?という疑問はさておき、結果として50組ちかくの縁談を成功させ、離婚もほとんどなかったというから驚きです。

 

祖父・哲郎と、祖母・千代子自身も、お見合い結婚です。時代は昭和の初期。披露宴の日にはじめて顔をあわせた夫婦は仲つつましく人生を歩むこととなります。祖母の本音は、あったこともしゃべったこともない相手を結婚相手にすることに不満があったと漏れ伝えています。しかし、「小川の幡谷さんなら問題なかっぺ」という根拠のない周囲からの奨めに従い、結果幸せな伴侶をみつけることとなりました

 

続きを読む 0 コメント

「家訓」の世界へようこそ!

慣が、素晴らしい人生をつくる

家族の無事をねがい、子供の健やかな成長をたくす「育児」。しかし、様々な情報が錯そうし、何が大事か、何を優先すべきか、迷子になっていませんか?

わたしは、そんなお父さん、お母さんの悲鳴をききつけ、解決を図るために、様々な機会に登場し、「家訓づくり」のセミナーを開催してきました。

 

この5年間で、PTAや、各種研修、青年会議所などを中心に、全150回、7000名を超える方々に対し研修をおこなっています

 

「家訓」とは、言い伝えや教訓を子孫に残す文化で、古来より日本に根付いてきました。古臭いもの、あるいは、名家や、老舗にあるもので、自分の家とは関係ないと感じたのではないでしょうか?しかし、「家訓」は特別なものではありません。誰にでもできるシンプルな習慣です。守ってほしい家族のルールや、人生のなかで大事にするべき「伝えたい」言葉、それが家訓です

 

家訓は、おじいちゃん、おばあちゃんの知恵であり、人生で本当に大事にしなければならい金言がそこには溢れています。たとえば、セミナーを受講された狭山市の石川さんは、「靴をそろえる」という家訓をつくりました。たったそれだけのことでも、家族全員が、1つのルールを守る事で、たくさんの素敵な変化が家族のなかに起こったと教えていただきました。家訓づくりでつくる習慣が、ご家族の素晴らしい人生を約束します。学校の勉強も大事ですが、もっと大事なもの、それが正しい習慣です。

 

この度、セルバ出版さまより

世界一簡単な幸せをまねく家訓の作り方

 

が、発刊されます。

これまでのセミナーで学んだこと、体験してきたことを1冊の本にまとめました。これにあわせ、家訓ニスト協会(仮)と、協会の専用のホームページを立ち上げます。

 

この機会に、著作を多くの皆様に手に取っていただき、素晴らしい家訓の世界と、幸せを招くちょっとしたヒントを全国の皆様にお届けできれば幸いです

 

2015年5月

家訓二スト協会(仮) 会長 幡谷哲太郎

 


Videos / Music

・・・工事中

kakun

 訓は、家族を幸せにする魔法の杖

 

家訓と出会って、本当に今の自分が幸せなんだなと感じるようなりました。

(埼玉県 主婦Aさんより)

 

家訓づくりに挑戦した主婦の方から、嬉しいお便りを頂戴したことがあります。子育てのなかでは、忙しい毎日をこなすばかりで、イライラがつのり、主人や子どもにあたり、「私だけ辛い。誰も理解してくれない」と壁を作ってはマイナス思考の日々だったそうです。それでも心のどこかで「このままではいけない」と感じたなかで、出会ったのが、「家訓」によるシンプルな子育てです。

 

 をそろえる

家訓づくりのセミナーでは、シンプルな家訓を選ぶようにおすすめしています。埼玉県狭山市の石川さんは、「靴をそろえる」、そんな家訓を制作されました。

 

最初は、半信半疑で始めた習慣でしたが、家族で決めた、1つのルールをみんなで守るようになると、家の中がピシッとするようになったと石川さんは教えてくれました。

 

下のお姉ちゃんは、幼稚園で、この習慣を守り、他の園児の靴を毎日そろえているそうです。

お母さんも、子供の変化に驚いており、それまで、怒ってもいう事を聞かなかった子供たちが、「靴をそろえる」家訓をきっかけに、自分のことを自分でやるように変わってきたとの嬉しい報告をくださりました。

 

家訓は、家族を救う魔法の杖です。ぜひそんな魔法をあなたの家族にかけてください。

 

 訓づくりはエンターテイメント

 

育児は、育児本でなく、手本。そして輝く父ちゃんと母ちゃんこそが、一番の教科書です。

わたしは、単純に、いい母ちゃん、いい父ちゃんのもとでは、いい子どもが育まれると考えています。

 

家訓づくりのセミナーは、楽しく笑顔がたえない内容です。そして、家訓は家族の歩みに寄り添い、もっとたくさんの笑顔をご家族にもたらします

 

人生をハッピーに過ごしてもらうために!家訓ニスト協会(仮)では家訓づくりを推進していきます

 

 

 

 

 

 

Gallery

セミナーの実施風景①(尾道)


 セミナーの実施風景②(幸手市) 

 

セミナーの実施風景③(安来市)

ガイダンスにしたがって、誰でも楽しく家訓づくりに挑戦できます