災害時に試される「人間力」

令和元年、前代未聞の巨大台風は日本列島に大きな傷跡をのこし、郷里水戸も大きく浸水し街の様子を一変させてしまいました。被害にあわれた皆様にお悔やみの言葉をかけるとともに、わたし自身、復興のために何ができるのか?考える日々が続いています。

 

四季折々の美しい姿をみせてくれる日本の自然。しかし、一方で、自然は脅威にもなりえます。今回の災害に限らず、地震や津波、そして噴火など、日本列島に暮らす私たち日本人にとって、「安全」な場所はどこにもなく、つねに災害の恐怖と向き合って暮らさざる負えない宿世を感じさせるものでした。

 

 

危機の時こそ見える組織の本質

 

日本列島に大きな被害が起きる度に、自衛隊の活躍や、地元自治体の奮闘ぶりが報道されます。しかし、そんなニュースのなかに、みすごせない「?」なニュースもありました。危機の時こそ組織の本質がみえるもの。かつてJALが経営危機に陥った時、幹部たちは、危機感をおくびもださず他人事のように振る舞っていたそうです。当時のJALは、公務員より公務員らしいともいわれた組織でした。そんな組織をかえるため、リーダーとなった稲盛和夫氏は、「嘘をつかない」、「人をだまさない」など、小学生でもわかる道徳を徹底させ、わずか2年の間に、2000億もの利益をだす集団に作り替えたのでした。

 

ほとんどの公務員さんは頑張っています。しかしごくわずかですが、小学生でもわかる道徳が欠如した輩がいるのも事実、そんな「?」な公務員さんのトンデモ行動と、そんな行動を誘発する組織のリーダー(首長)の悪行を告発します。

 

3tの水を捨てさせたマニュアルさん

首都圏を直撃した台風19号。断水が発生した神奈川県山北町で、到着した自衛隊の給水車に、県が「待った」をかけ、水が捨てられるという信じがたい事態が起きました。 

 

町の防災課が独自に自衛隊に依頼をかけるものの、県は、マニュアルを盾に難色を示します。マニュアルによれば、自衛隊の派遣要請は、どうしようもなくなった時の最終手段だが、山北町の状況は該当しないという見解です。 結局、給水車3台は午前7時少し前に町に到着するものの、県は最後まで首をタテに振らず、給水車3台の貴重な水は捨てられることになりました。その後、県が別途手配した給水車は2台で、到着も13日の午後と遅れることとなりました。町長さんは、「目の前にある水をなぜ捨てなければいけないのか」 と憤慨するものの、マニュアルどうりの対応をした県の職員さんが陳謝することも、処分されることもありませんでした・・・

 

東日本大震災の被災の現場で・・・

「101名の避難所に100個のカップラーメンを届けても、配ってもらえない・・・」あなたは、そんな現場に立ち会ったことはありますか?2011年の東日本大震災では、水戸も被災地となり、また青年会議所のメンバー(当時)として、福島の避難所に物資を届けたことがあります。

 

101名の避難所に100個のカップラーメンを届けても、配らない。。。その理由は、「不公平になるから」といういかにもお役所らしいロジックでした。片方では、お腹をすかせ、暖かい食べ物を待つ人がいて、その同じ建物には、「配れない」ことを理由に大量の物資が山積みされている・・・ 危機のときこそ組織の本質が問われます。残念ながら、家訓二ストのみた現場に、「小学生でもわかる道徳」はありませんでした。

 

阪神大震災の名もなき英雄

直下型の地震となった阪神大震災では、死因の大多数が圧死でした。この時のポイントは、救助のために、いかに早く現地入りするか?発災後の1分1秒は、命を救う時間です。

 

発災は朝の5時46分。そして自衛隊が救助にむかったのが、10時です。1分1秒を争う救助の現場で、この初動の遅さは致命的でした。その背景には、自衛隊を嫌う左派系の知事の存在があったと言われています。

 

未曾有の被害に、自衛隊では、出動の準備を整え、30分後には部隊の編制をおえます。しかし、一向に出動の命令がおりません。10時ちかくなって阪神基地隊の連絡官が県庁に行き、防災課とようやく話合いが付き、防災課が海上自衛隊呉地方総監部に電話して来ました。然し、その電話は災害派遣の要請ではなく阪神基地隊の方が電話をかけるよう言われましたので電話をしましたというような切り出しでした。

 

防衛部長は、

「その電話をもって災害要請があった事にして戴きます」

と伝えました。さらに、

「海上自衛隊は人命救助、ライフラインの確保、糧食の配布その他の必要事項を行います。部隊の運用については海上自衛隊にお任せ下さい」

 と申上げた所、 「それでは宜しくお願いします」

 

この時、出動の要請をしたのが、防災課の野口課長補佐です。本来であれば英雄として取り上げられるべき野口さん、しかし現実は残酷で、知事に睨まれ、その後の役人の生活は閑職で過ごすことになりました。テレビのインタビューで、「後悔はない」と言い切った野口さんの英断。腐ったリーダーとは反対に、小学生の道徳を知る賢人だったと断言できます。

 

そして悲劇はまだ続きます。出動要請をもらった自衛隊の隊員たちは、高速道路をつかって移動を開始します。しかし、高速の料金所で、高速代の支払いを求められ、現金の手持ちがなかった隊員たちは、立ち往生しまったのです。1分1秒を争う危機の現場で、またしても貴重な「時間」が奪われました。

 

人が悪かったのか、マニュアルが悪かったのか、はたまたマニュアルをつくった人が悪かったのか・・・

 

 

お寒い日本の危機管理

阪神大震災当時の首相は、社会党の村山総理。危機管理という概念もない当時、朝の5時46分、震度3の地震で目が覚めた総理は、テレビをつけますが、激震地の震度の掲載はありませんでした。念のため、村山総理は京都の知人に電話をかけ、友人からは「こっちは大丈夫だ・・・」のコメントを聞いてしまいます。その後、総理は朝ごはんを食べながら、テレビの中継に目を奪われます 阪神高速が倒れ、街はくずれ、何万という人命が奪われていくことを知ったのです。

 

一国の総理の情報源が、テレビと友人って・・・ これは、自衛隊の出動養成が遅れた、兵庫県の貝原知事にも言えることで、当時の日本には危機管理という概念さえありませんでした。地震の発災後、貝原知事公舎から県庁までは4kmの道のりを公用車にのって移動したことで大渋滞に巻き込まれ、2時間半の時間が奪われています。これも1つの管理ミスの典型例です。

 

その後、村山総理から、橋本総理へと政権が変わり、危機管理についも24時間体制の危機管理センターが立ち上がりました。また緊急時のマニュアルも整備され、先の東日本大震災の発災時に役立ったといわれています。経験は伝えること教訓となる。尊い犠牲のなか、関係者の地道の努力もあり、日本も少しはマシな国になっているのでしょうか?

 

悪い奴ほどよく眠る

東日本大震災関連のニュースは海外でも大きく報道されていましたが、当時海外のメディアが被害状況の他に注目していた事の1つが、災害に見舞われた方々の、冷静さや規律でした。

 

しかし一方では、東日本大震災の復興予算で2千億円がついた雇用対策事業のうち、 約1千億円が被災地以外で使われていることも判明しています。被災地以外の38都道府県で雇われた約6万5千人のうち被災者は3%しかおらず、被災者以外が97%を占めたという在り様です。大切な雇用でも復興予算のずさんな使われ方が続いています。とくに鳥取県では、イベントのPRのために結成されたご当地アイドルの人件費、約4000万円の財源も復興予算から支出されました。お役所の世界では、「適法」な支出であっても、厚顔無恥もはなはだしい・・・ 

 

子どものときに、誰もが言われたであろう「人に迷惑をかけない」という素朴な心。しかし、役人さんを長くやっていると、そんな当たり前の心さえ、侵されてしまうものなのかもしれません。悪いの個人ではなく、悪い選択をさせてしまう組織そのものなのかもしれません。

 

悪いのは小役人ではない!?

戦後最年少で大臣にのぼりつめた田中角栄は、居並ぶ官僚たちに、次のような訓示をのべたそうです。

「出来ることはやる。出来ないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上!」

あまりに恰好いい角栄の言葉。しかし、実際の現場では、上司が責任をとってくれないばっかりに、事なかれ主義に陥ってしまうのではないでしょうか?日本で自然災害が起こる度に露呈する「?」な役人さんの言動は、組織の罪なのかもしれません。

 

マニュアルを無視するマニュアル

 

「おてんとうさま」に恥じない生き方

作家の司馬遼太郎氏は、日本人の気性を現す言葉として、「名こそ惜しけれ」という言葉を好んで使っていました。「名こそ惜しけれ」とは、はずかしいことをするな、という坂東武者の精神で、その後の日本人につよい影響をあたえ、いまも一部のすがすがしい日本人の中で生きている精神です。自分の名を汚すような、恥ずかしいことはするなというマインドは、「おてんとうさま」に恥じない生き方とも置き換えられます。法律に触れなければ何をやってもいい?グルーバル化の名のもとに、そんな日本人が増えてきているのではないでしょうか?日本人は「名こそ惜しけれ」の精神で、すがすがしく歩んでいきたいものです。

 

様々な現場で「?」な対応をしてきた公務員さん達。しかし、彼らとて、「名こそ惜しけれ」の心をもった人間のはずです。問題は、小学生でもわかる人間力を奪う組織の罪だと断言できます。危機が迫った現場では、時にはマニュアルを無視するマニュアルも必要なのです。

  

マニュアルを無視するマニュアル

宅急便の生みの親、ヤマト急便には、「ヤマトは我なり」なる社訓があります。全員経営をかかげる会社では、配送のドライバーや、内勤の方まで、ひとりひとりが、経営のトップとしての自覚と覚悟を持つ社員教育が徹底しているそうです。そうした意識が発揮されたのが、東日本大震災の現場です。交通機関や連絡網が遮断されたなか、被災地域を走っていたドライバーたちは、おのおのが、自己判断で、救援物資を運び始めたのです。本社への連絡は事後報告だったというのが驚きです。

マニュアルを無視するマニュアル。そこには、小学生でもわかる道徳と、優しい世界が溢れていました。

 

 

台風18号による水害で救助活動にあたる自衛隊(写真:ロイター/アフロ)

台風18号による水害で救助活動にあたる自衛隊(写真:ロイター/アフロ)

やればできる?マニュアルを骨抜きにする優しい世界

鬼怒川の堤防決壊により、茨城県常総市が大規模な水害に見舞われた2015年9月10日、屋根の上で助けを待っていた住民2人が2匹の犬とともに救助される様子がテレビ局各社のヘリコプターから生中継され、大きな注目を集めました。 インターネット上では、犬の命まで救った自衛隊員を称賛する声が相次いだが、これを「ルール違反」と指摘するツイートが投稿され、議論を呼ぶこととなります。

 

救助は女性、男性の順番で、2人が抱きかかえていた犬も一緒にヘリコプターに引き上げられました。 救助された女性は搬送先の公園に到着後、NNNの取材に対し「本当は、犬は置いてくればよかったのかもしれないですけど、自衛隊の方に『お願いします』と言って連れてきました。子供の犬なので置いてこられなかったので...」と話し、感謝の言葉を述べた。 ネット上には「私も愛犬を置いて自分だけなんて無理です」「涙止まらない。ほんとに良かった」「ペットの犬や猫達も大事な『家族』ということですね。深い絆を感じます」といった声が相次ぐと同時に、自衛隊員にも称賛の声が集まった。

 

ルール上は、人命救助の場面で、ペットは含まれないそうです。法律的に考えると、ペットの定義も曖昧で、犬ならいいのか?猫はどうなのか、あるいはヤギや豚をペットで飼っている人だっている・・・っと。しかし、この際の隊員は、犬が「家族」であることを被災者に確認した上で救助にあたったそうです。ペットはだめだけど、家族なら?OKだと、法律の微妙な拡大解釈で、2匹の犬を救ったのでした。やればできる。マニュアルを骨抜きにする優しい世界がありました。

 

「人間力」が試される被災の現場

大きな災害が起こる度に、マスコミやSNSで拡散されるトンデモ公務員の実態。しかし、その反面、多くの関係者、公務員さんが、人知れず汗をかき現場現場でひたむきに職務を遂行する姿が報道されることはありません。海外と比較しても、日本の公共サービスは公平であり、そして被災者に寄り添ったものと断言できます。ただし、ごく一部、残念な対応をしてしまう職員さんがいることも事実です。

 

被災の現場は、極限の世界です。だからこそ、不断の「人間力」が試されます。

人間力とは、なにか?それは、小学生でもわかる道徳です。水がなく困っている住民がいる。その目の前で、メンツにこだわり、わざわざ運んできた水を捨てさせることに、「道徳」はあるでしょうか?被災の現場は、非日常の空間であり、法律やサービスも消え去った「モラトリアム」の現場です。だからこそ、そこにはマニュアルをこえた「人間」が必要だと断言できます。

 

災害はないに越したことはない。しかし、日本に暮らしている以上、必ず災害はやってきます。被災の現場で試される「人間力」は、結局、日常でしか磨けないものなのかもしれません。来週くるか、10年後くるか分からない、そんな災害に備え、小学生でもわかる優しい道徳を磨き、守り続ける自分でいないといかんな~っと考えました。