明太子の父 川原俊夫

 

 

 

 

受けた恩は石に刻め

施した恩は水に流せ

 

 

 

川原 俊夫(かわはら としお)

生誕:1913年1月25日

死没:1980年7月17日

 

ふくやの創業者で、いわゆる博多式の辛子明太子を開発し、広めた人物として知られる。

 

川原俊夫は1913年(大正2年)に川原宇次郎(正確には「𡧃次郎」)とトヨの二男として釜山市の寶水町で誕生した。元々福岡県朝倉郡三輪村(現在の筑前町)出身の川原家は、明治後期に釜山に渡って「川原回漕店」という商店を開き、海運業を行うかたわら現地の日本人向けに海産物や缶詰などの販売を行っていた。この頃から川原は街中の草梁市場によく通っており、そこで売られていた明太子に興味を持ったという。川原家は後に「富久屋」(ふくや)という食料品店も経営しており、この店の名前がのちの「ふくや」に繋がる事となる

 

 

 

 

 

 

ふくや経営理念「強い会社、良い会社」 

従業員:640名

年 商: 150億(平成27年) 

 

参照:ふくやHP

https://www.fukuya.com/lp/hitosuji/

  

焼け野原だった博多中洲

ここから、〈味の明太子〉は生まれた。 昭和23年(1948年)10月5日、博多・中洲の一角に小さな食料品店が生まれました。当時博多の街は戦災で焼け野原となり、少しずつ復興の兆しが見え始めたころでした。 店主の名は川原俊夫。妻・千鶴子とともにはじめたこのちっぽけな店が、その後半世紀以上つづく「ふくや」の歴史のはじまりでした。俊夫は戦時中の幼少期を韓国の釜山で過ごしましたが、そこでの庶民の食べ物「たらこのキムチ漬」の味が忘れられず、戦後引き揚げた博多でその味を再現すべく、創意工夫を重ねていきます。そして昭和24年1月10日、商売繁盛を願う十日恵比須神社大祭の日、日本で初めて「味の明太子」を売り出しました

 

快進撃がつづく明太子

現在では150社ほどのメーカーが美味しさを競う、博多名物「辛子明太子」。実は「ふくや」の創業者・川原俊夫が、その製法を惜しげもなく同業者に教えたことから福岡に広まり、やがて地元を代表する食べ物となった。その半生は博多華丸と富田靖子の主演で『めんたいぴりり』としてドラマ化され人気をはくしました

 

ちなみに、明太子の命名は、スケトウダラのことを朝鮮語で「ミヨンテ」。漢字で「明太」「メンタイ」。その卵だから「明太子」で「ミヨンテコ」「メンタイコ」となりました。

 

辛いたらこといえば「博多の辛子明太子」という認識が広まり、また地域によっては「辛子明太子」を略して「明太子」と呼ぶところもあるため、明太子=辛い、というイメージがついたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山笠になにかあったら、全財産を使ってもいい」(川原談)

 

平成30年、徳島の名物、「阿波踊り」の運営を巡って、行政と踊り手、そしてスポンサー企業との間での混乱が報道されました数百万もの観光客を集める阿波踊りが、赤字だとの立場、あるいは甘い汁を吸っている奴がいるなど収拾がつかない状態です。こうした問題は全国のお祭りで起こっている問題で、そもそも利益を求めない行政が、赤字はだめ、一方黒字もだめっという、がんじがらめの状況でお祭りをかじ取りをすることの難しさが指摘されています。

 

そんな中、九州福岡、博多で行われている祇園山笠に注目をあびています。市内を巨大な山車が駆け巡る勇壮なお祭りは、町わり毎に費用を出し合い運営されるのが特徴です。博多商人たちが私財をなげうち山笠にかける姿は、かつて全国にみられたお祭りの原点です。

 

費用負担で、おっつけあいが報道される各地のお祭りを後目に、生前の川原の言葉として「山笠に何かあったら全財産を使ってもいい」との発言が、川原の心意気、そして博多商人の心意気を全国に伝えることとなりました。

 

 

共存共栄で福岡の名物に 

自らの利益だけを追求せず、地域と共に生きる道を選んだ「ふくや」。川原は苦労してつくりあげた明太子のレシピを公開し、市場全体を拡大させ、新たな市場を創造しました。現在では、博多名物とし福岡県内だけで150以上のメーカーが切磋琢磨し、味を競い合っているほか、定番の食材として日本全国で愛されるようになりました。 

 

苦労した製法を、惜しげもなく教えた川原

川原は、10年近くに及ぶ試行錯誤の末、現在の明太子何度も味の工夫を重ね、ようやく彼自身、納得のできるものをつくり上げます。 

「北海道近海のタラコを買ってすこしずつつくったんですが、つくっては捨て、つくっては捨てで、どうにかどうにか店に出せるものができるまで一ヵ月以上かかりましたね。」

 そして、人気をはくすと、今度は驚きの行動にでます。すでに類似品が出回るほどの人気になっていた明太子を、ライバル企業にも製造を認めるだけでなく製法を知りたいという人には、それを惜しむことなく教えることにしたのです。

 

当時のことをしる川原の奥様のことばです。 

ー特許や商標権もとらなかったのですね

「ずいぶんすすめられましたが、まったく関心がありませんでした。主人は、博多にいろんな種類の明太子ができて、お客さんが好みのものを食べれるのがいいんだといっていました。」

 

山笠への資金提供だけでなく、明太子のレシピ公開など、川原の一環した地域貢献の姿勢は、ふくやの企業文化として今も、博多、そして全国の消費者に熱烈な支持をうけています。

 

 

     

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