出川哲朗 華麗なる一族の家訓

 

  

 出川家 家訓

『いつまでもあると思うな親と金、

 ないと思うな運と災難』

 

 

 

出川 哲朗(でがわ てつろう)

生誕;1964年2月13日 -

 

日本のお笑いタレント、俳優、元会社役員。

 

神奈川県横浜市神奈川区出身。マセキ芸能社所属。妻は元レースクイーンの阿部瑠理子。大伯父は三鬼隆。曾祖父は三鬼鑑太郎。母方の遠戚に原節子。

リアクション芸人の代表格として、ダチョウ倶楽部と並んで数多くのバラエティ番組で活躍している。

 

リアクション芸の神様

いじられたり、体を張ったりやドッキリを仕掛けられたり、とヨゴレ役を自ら行うのが「リアクション芸人」です。出川哲朗さんはリアクション芸人の第一人者とも言われ、出川哲朗さん自身もリアクション芸人であることを誇りに思っているそうです。「ヤバイよヤバイよ」や「おまえはバカか」「Why?」など出川語と呼ばれる出川哲朗さん独特のリアクションは、モノマネされることも多く、人気の理由となっています。

 

出川哲朗さんはリアクション芸人の第一人者として、若い頃から体を張ってリアクション芸をしていました。ヨゴレ役であることから嫌われてしまうことも多く、2001年から2005年の雑誌an・anの「嫌いな男」ランキングで連続1位を取り、ついには殿堂入りしました。

 

出川哲朗さんは、2017年の「テレビタレントイメージ」では前年の32位から大幅に順位を上げて、好感度第17位にランクインしました。4月から始まったゴールデンタイムの「出川哲郎の充電させてもらえませんか?」は、大人気番組となっています。

  

鼻水は、リアクション芸人にとってのダイヤモンド 

売れっ子になってもキャリアを重ねても変わらない出川さんらしい芸風が、老若男女問わず人気を集めている理由です。出川さんは嫌われる男から一転した現在の状況について「時代が俺についてきた」と言っているそうです。まさにそうかもしれません。

 

出川さんと共演するタレントや後輩たちが共通して語るのが、プロ意識の高さ。自分自身は危険をうけいれる一方、一緒に出演する後輩の安全には人一倍気を遣っているそうです。現場で「このセットで転ぶ時は利き手で着かない方が、よりリアルになる」など、テレビで映えるリアクションを若手の一人一人にその都度教える

   

松本人志 さんは、出川さんについてこんな言葉をおくっています。 

「あの人は自分が死んでも笑いをとれれば本望って人、ある意味モンスター」

 

出川さん自身もインタビューで、 

「嘘でもなんでもなくて、現場で死ねたら一番いいし、死んじゃったら……それはそれでしょうがない」と語っています。

まだまだ体を張り続ける覚悟のようで「50年記念まで、鼻にザリガニを挟み続ける 俺は、そうしてゆく」とつづっている

 

  

2000年頃、伝説的な番組「松紳」で島田紳助が出川が何故生き残ってこれたのか?について語っています。出川は何の実績も残していないのに長期に渡り芸能界で生き残ってこられたのはあいつの凄さだという。司会側としては出演者欄に出川の名前があるだけで「何とかなる」と思わしてくれる芸人であり、ホームランや長打は打てないけど、内野安打は打ってくれる。打てない状況でも次につながるように攻撃をしてくれる。彼に振る事で番組のテンションを上げてくれると、述べている。

 

当時は、エンタの神様やM-1グランプリなどで次々と新人芸人が出てきた頃で、ひな壇のあるバラエティー番組でMC以外の芸人がMCを補佐して番組を回す『役割』という概念がほとんど無かった頃であった。島田は、今出てきている芸人たちが自分たちはどうすれば生き残れるか話しているが、面白すぎる必要はない。出川みたいに必要でないときは出しゃばらず、必要な時に活躍する出川の立ち回りを勉強しろと述べています。

 

 

時代がようやく出川に追いついた?

「いい人」すぎてもリアクション芸がやりずらいかもしれませんが、死ぬまで汚れ役をひきうけ、お茶の間に笑意を届けてほしいものです^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

出川哲朗の華麗すぎる一族 

 

画像は、出川家の家業の写真です。横浜で有名な老舗のり問屋として知られています。さらに有名な大伯父は三鬼隆。曾祖父は三鬼鑑太郎。母方の遠戚には伝説の女優の原節子!?

 

財界の大物に、衆議員議員。さらに経団連の副会長に、伝説の女優まで・・・ リアクション芸とは程遠い華麗すぎる出川哲朗と、出川を育んだ一族の歴史を紹介します。

 

(参照:gooテレビ「NHKファミリーヒストリー」)

https://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/nhk/28131/145820/

 

 

  

出川哲朗の実家は、横浜にある創業118年ののり問屋。現在は家族と従業員25人で店を守っている。店を始めたのは曽祖父・出川金蔵。金蔵は幕末の1864年に川崎市で生まれた。成就院にある古い絵地図によると、出川家は江戸時代にこの地域の新田開発に携わった有力な一族だった。

 

明治27年、出川金蔵は横浜に店を構えた。当時は高級品だった海苔が庶民にも手が届く存在になってきていて、東京湾では海苔の生産が盛んになってきていた。店が軌道に乗り始めたころ、金蔵は脳梗塞で突然亡くなった。店を引き継いだ政雄は店を守るために懸命に働いた。昭和6年、政雄は哲朗の祖母にあたる普美子と結婚した。普美子さんは今年で100歳になる。政雄と普美子が結婚した2年後に父・誠一郎が誕生した。誠一郎は内気な性格だが成績優秀だった。

 

 

昭和16年に太平洋戦争が開戦した。そして昭和20529日に横浜大空襲で店は焼失し政雄は途方に暮れた。政雄は店があった場所で金庫を発見し、中にはわずかなお金が残っていた。政雄はそのお金を元手に日用品を仕入れて闇市で売り、その売り上げを少しずつ蓄えていった。昭和23年、政雄は横浜でのり問屋を再開した。

 

宮城県塩釜市は出川哲朗の母・泰子さんの故郷で、東日本大震災では津波による被害をうけた。実家、のり問屋では1階部分が浸水し復旧までに2ヶ月かかった。

 

出川哲郎の母・石井泰子は1935年に、のり問屋を営む石井家に次女として生まれた。当時、塩釜市ではのりの生産が本格化しており泰子の祖母・くんがのり問屋を開いた。当時の状況を知る泰子の友人である中山智子さんは2人の思い出として塩釜神社を紹介してくれた。

 

石井泰子と智子さんは学生時代には恋愛の話で盛り上がり、そんな時にのりの仕入れを行っていた出川哲郎の父・誠一郎と出会った。1958年、泰子は誠一郎と結婚した。

 

結婚して3年後の1961年に誠一郎の父・政雄が他界、後を告ぎ誠一郎は店を任された。そして1964年に二男・出川哲郎が誕生した。

 

誠一郎の姉・和子さんは、当時誠一郎が店の売り上げを使ってしまい父も呆れていたと話した。療養所で誠一郎と親しくなった薗さんは、当時結核が悪化して左の肺の一部を切除した。手術は成功したが入院費用が底をつきかけたとき、誠一郎に相談すると誠一郎は当時の大金である2万円を渡してくれた。誠一郎は実家の父に頭を下げてお金を工面した。

 

1970年代、のりは贈答品として人気を集めていた。店の売り上げは伸び、出川哲郎の父・誠一郎はサイドビジネスにも手を伸ばした。周りとの付き合いも深まり、自分の経営を人任せにする日々が続いた。この状態に泰子は別居を決意し、別居したあとも泰子は一人で店を続けた。

 

ファミリーヒストリーを見た出川哲朗は、「父親の外面が良かったのは昔からだったんだと感じた」と語った。「父と母の出会いがこんなにドラマチックだったなんて知らなかった」とも話した。

 

1981年、誠一郎が先物取引に手を出し創業87年の店は倒産寸前に追い込まれた。店を持ち直すには億単位の資金が必要で、銀行が老舗を守るためにお金を貸してくれることになった。しかし、条件がありそれは誠一郎を社長から降ろすことだった。誠一郎は姿を消し、泰子はもくもくと働いた。

 

去年亡くなった母・泰子さんは、生前辛いことがあると海を眺めていた。泰子さんの葬儀の後、哲朗さんの姉は泰子さんの故郷である宮城県塩竈の墓地に分骨することを提案した。今年8月、出川家では祖母の普美子さんが100歳を迎えパーティーをおこなった。出川家の家訓は、祖父・政雄さんの遺した「いつまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災難」という言葉だった。

  

店の経営が傾いた頃、哲郎は高校3年生。卒業後に料理人になることを選んだが半年でやめてしまった。それから演劇の世界に入り、南原清隆や内村光良らと劇団を旗揚げした。

 

1986年、泰子の元に別居中の誠一郎から連絡が入った。誠一郎は糖尿病に苦しんでおり、泰子は再び同居することを選んだ。そこからは誠一郎を看病したが、5年後に誠一郎は58歳でなくなった。葬儀には1000人以上の参列者がつめかけた。誠一郎の友人だった柴田健人さんは当時の思い出を語った。

  

その頃、哲郎は芸によりテレビに出演するようになっていた。その後、女性誌の嫌いな男ランキングで1位をとったが泰子は哲郎を応援し続けた。2001年に康子にがんが見つかったが店のことばかりを考えていた。そして去年8月、76歳で泰子は生涯に幕を下ろした。

 

ファミリーヒストリーを見た出川哲朗は、母が姉の前で泣いていたことを知らなかったため、それを自分も見ていたら生きている間にもっと優しくしてあげられたかもしれないと話した。出川哲朗は「自分が頑張ることでかあちゃんが喜んでくれるので、明日からもいただいたお仕事は体を張って頑張りたい」と感想を語った。

 

 

 

 

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■書籍概要

書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

  出版社: セルバ出版 価格 : 1,600円+税  

URL  http://www.amazon.co.jp/dp/4863672063