さだまさし 家訓

 

 

 

 佐田家 家訓 

 『政治家とヤクザにはなるな』。

そして僕の代でもうひとつ加わった。

『芸能人にはなるな』

 

 

さだ まさし(本名:佐田 雅志(読みは同じ)

生誕:1952年4月10日 - )

 

日本のシンガーソングライター、タレント、小説家。フォークデュオのグレープでメジャーデビュー。「精霊流し」のヒットにより全国にその名を知られるようになった。ソロシンガーになってからも「雨やどり」「関白宣言」「親父の一番長い日」「北の国から〜遥かなる大地より〜」など、数々のヒット曲を生み出す。

 

日本で最も多くのソロ・コンサートを行った歌手でもあり、回数は実に4,000回を越えている。トークの軽妙さはテレビ・ラジオ・コンサートのMCにて大きな魅力とされており、コンサート中、観客の大爆笑につられ一度も歌わなかったコンサートがあったとの伝説があるほどです

 

ドラマのような?佐田家の歩み

佐田家は元々島根県那賀郡三隅町(現浜田市)の大地主の家系でした。その二男だった祖父・繁治は中国大陸でスパイとして働き、のち商工省の大臣秘書官を務めた異色の経歴の持ち主です。その繁治と結婚した祖母エンもまたソ連(現ロシア)のウラジオストクで料亭を営んでいたという当時の日本人女性としては異色の存在である。

 

父・雅人は第二次世界大戦終戦後、長崎出身の戦友とともに復員し、そのまま長崎に住み着いた。その後、戦友の妹・喜代子と結婚し、雅志・繁理・玲子の3人の子をもうけている。雅志の幼少時は、父・雅人は材木商を営み、自宅は部屋が10以上もある豪邸だった

 

3歳よりヴァイオリンを習い始め才覚を現す。ただし1957年の諫早の大水害によって父の事業は失敗。一家は豪邸を失い小さな長屋住まいとなる。その後、雅志は音楽学校に入学するため単身で上京。その後、フォークソングにめざめ、現在の活躍につながっています。

 

コンサート数日本一を実現させた「借金」のちから 

1981年、28歳だったさださんは中国大陸を流れる揚子江を舞台にしたドキュメンタリー映画『長江』(主演・監督・音楽 さだまさし)を制作。旧満州で育ち、中国戦線で戦った父・雅人さんの強い思い入れで製作された作品だったが、 経費がかさみ、総計28億円、金利を入れて35億円近い負債を個人で負うことになりました。

 

会社を維持し、社員に給料を払い、なおかつ税金も払いながらの返済に10日ごとに8千万円、5千万円、15千万円という手形を落とさなければならなかったそうです。そのため、さださんは、借金を返すために『神出鬼没コンサート』を企画し、大都市だけでなく、地方の小さな町でもコンサートをはじめます。

 

負債の額がわかったとき、破産宣言するよう勧めてくれた人もいたという。「そうすればチャラになって楽になるから」というアドバイスでした。このときは一晩考えたというさだまさしさん。その結果、貸した側の身になって考えてみようと思ったそう。

 

お金に関してはプロの銀行が融資してくれたのは「さだまさしなら返せる」と考えたからに違いない。だったら返せるんじゃないか。ここは“プロの勘”に懸けてみようと思ったのだという。

 

このままいけば返せるんじゃないかという思いから「返そう!」というモチベーションになれたという。

返済が終わったときには脱力感に襲われ「ああ、これで返済に追われなくてすむ」と思ったという。借金を返済する過程で感じたり、学んだことはいっぱいあるというさだまさしさん。

 

莫大な借金を返済できたのも、前人未到のソロコンサート4千回を達成できたのもひとえにファンのみなさんのおかげだという。これからは、みなさんに恩返しをしなければいけない。ということで、歌手をやめたくてもやめられないのだという。

 

 

さだまさし家訓を考える

映画に限らず、父親のこしらえる借金を次々に背負い返済していった、さださん。しかし漏れ聞こえてくる肉声には恨み節はありません。借金ネタは、コンサートでの定番のネタであり、また全国隅々で行ってきた4000回にものぼるコンサートでは、結果的に、熱狂的なファンを獲得することにつながりました。

 

ただし、さだまさし本人としては、借金に悩むのは、もうこりごり・・・

「政治家とヤクザにはなるな」という家訓に加え、「芸能人にはなるな」とは、子どもにはそんな苦労をさせないための戒めなのかもしれません。

 

かくいう家訓二ストも子どもの頃に、母に連れられ、さだまさしコンサートにいった思い出が(>_<)

借金は嫌だけど、今の成功のほとんどが、はちゃめちゃな親父さんのおかげだったのかもしれません。

 

今後の佐田家の幸せと、さらなる「借金」をこしらえることを切に希望します^^ がんばれ、さだまさし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実名小説「かすてぃら」にみる さだまさしの親子の関係

 

(参照:ザクザク 夕刊フジ)

 

http://www.zakzak.co.jp/people/news/20120620/peo1206200702000-n1.htm

 

 

父の死をきっかけに書き始めた実名小説

々のトラブルを巻き起こしては家族をハラハラさせ、借金だらけの貧乏暮らしからも抜け出せず、揚げ句の果ては30億円近い借財を息子に背負わせてアッケラカン。でも、だけど、しかし、子供たちが大好きで家族はもちろん、他人からも愛された親父…。

 

2009年12月、89歳で逝った父・雅人さんとの思い出を『かすてぃら』(小学館)に書いた。差し障りがある一部の人の名を除き、99%事実に基づいた自伝的実名小説である。

 

 「みんなが言うんですよ。『いい親父だな』って。でも、それは(実像を)知らんから(苦笑)。子供の目から見ても“悪い人だな”と分かるような人とつき合っては騙され、借金だらけ。(グレープ時代のヒット曲)『精霊流し』の印税で、まず親父の借金を返済しましたもん」

 

極めつけは映画「長江」(1981年公開)で背負い込んだ28億円の借金。旧満州で育ち、中国戦線で戦った雅人さんの強い思い入れで製作された作品だったのに、雅人さんからは詫びの一言もなかった。

 

 「親父は中国から勲章もらったりして、いい気なもんですよ。死ぬ前に『お前には迷惑かけて済まなかったな』ぐらい言ってもらいたかったけど、最期まで言わなかったなぁ。『ご苦労さん!』で終わりです」

 

 ハチャメチャだった雅人さんだが、不思議と人は集ってきた。とにかく、いろいろな人から愛されたのだ。侠気があり、困った人がいたら黙っていられない。ヤクザに匕首(あいくち)を突きつけられても、ひるむことはなかった。“草食系”全盛の時代、こんなオヤジはもう絶滅したのでは?

 

 「今でもいると思うんです。でも、相手にされないし、昔のように尊敬されなくなった。価値観が変わったんですよね。学校の先生も“トモダチ”になっちゃってダメになった。誰だってトモダチから教わろうとは思わないでしょ」

 

 面白いのは父・雅人さんだけではない。雅人さんの母はウラジオストクで一番の料亭の名物女将、祖父はスパイから政治家に。母方の曾祖父は長崎の侠客だったという。当然、子孫にも両家の血が流れている。

 

 「ここは“ビビリどき”だなぁって思うんだけど、思えば思うほどビビらない。やっぱり血ですかね。ははは。だから、さだ家の家訓は『政治家とヤクザにはなるな』。そして僕の代でもうひとつ加わった。『芸能人にはなるな』」

 

 『かすてぃら』の登場人物は“濃い”人ばかりだ。バイオリン修業のため、中学1年生で単身上京したときに、黙ってご飯を食べさせてくれた“東京の親父さん”、カネに困ったときに、しわくちゃの500円札を送ってくれた弟…。現代社会がなくしてしまった、人の絆や家族愛がしっかりと描かれている。

 

 昨年の東日本大震災で絆の大切さに気づいた人も多いはずだが、彼もまた大地震で人生観が変わった一人だという。

 

 「地震が起きたとき、僕はひどく落ち込み、音楽家なんて何にも役に立たないって無力感にさいなまれたんです。だけどね、被災地に通ううちに『さだまさしにしかできないこと』があると思えるようになった。津波に飲まれて九死に一生を得た女性が命の瀬戸際に、『もし助かったら、まず“さだまさしを聴こう”と思った』と言うんです。その話を聞いて、僕がどれだけ感動したことか…」

 

 震災以降、自分の人生を制御しようという考えを捨てたという。明日、何が起きるか分からない。突然、命を奪われるかもしれない。どんな人生設計を描こうが、圧倒的な自然の力や運命の前では無力なのだ。

 

 4月に還暦を迎えたことも無関係ではない。否応なしに、人生の“残り時間”を実感させられることになったからだ。

 

 「僕はね、これまでずっと人のために生きてきたと思ってる。背負っているものが多すぎるんです。そう思うと、肝心の“さだくん”がちょっとかわいそうになってきた。本当にやりたいことをやらせてあげたくなったんですよ」

 

 雅人さんはどんな苦境に陥っても、「人生を投げない人」だった。

 

 「投げちゃうほうがラクなんでしょうけどね。僕も走り続けると思う。そして最後は“強制終了”しかないでしょうね」 

 

 

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■書籍概要

書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

  出版社: セルバ出版 価格 : 1,600円+税  

URL  http://www.amazon.co.jp/dp/4863672063