創業300年 鰹節の「にんべん」の家訓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カツオぶしの老舗「にんべん」(東京・日本橋室町)の創業は、赤穂浪士が吉良邸に討ち入りをしたときから遡ること3年、元禄12年(1699)のことである。 初代高津伊兵衛(代々襲名)が伊勢国(三重県)四日市から、弱冠13歳のとき、江戸に出て油屋という雑穀商に奉公。20歳で独立し、日本橋四日市土手蔵においてカツオぶしの商いを始めたのが起こりである。 以来、今日まで幾多の経済変革、天災、人災を乗り越え、310年の長い間にわたり商いを続けてきた。現在の「にんべん」の使命感は「日本の味を伝える」であって、その企業の原点になっている

 

創業:1699年(元禄12年)

売上高:152億2,087万円(2015年度) 

従業員:205名(男性124名、女性81名)(2016年4月現在) 

 

 

にんべんの創業者・初代 高津伊兵衛は、1679年(延宝7年)に勢州(現三重県)四日市で生まれました。

 

20歳の時に日本橋四日市の土手蔵(現日本橋一丁目野村證券の本社付近)で、戸板を並べて鰹節と塩干類の商いを始めました。この年をにんべんの創業年としています。

その後、1704年(宝永元年)、小舟町に鰹節問屋を開業。翌年には伊兵衛と改名し、屋号を「伊勢屋伊兵衛」としました。1720年(享保5年)、日本橋瀬戸物町(現 室町2丁目)に鰹節の小売の店を出しました。現在の本社位置になります。 

 

1705年(宝永2年)初代伊兵衛は、店の屋号を「伊勢屋伊兵衛」とし、暖簾印(商標)に伊勢屋と伊兵衛のイ(にんべん)をとり、商売を堅実にするためのお金(かね)と合わせて、「カネにんべん」としました。江戸の町民たちは、「伊勢屋」のかわりに、誰いうとなく「にんべん」と呼ぶようになりました。にんべんの社名は、江戸町民によって命名されたものです。

 

■にんべんの家訓

 

「ミツカネにんべん」は、にんべんに古くから伝わるもので、3つのイ(にんべん)を表しています。

 

1つ目は 鰹節を使うお客様

2つ目は 鰹節を創る人

3つ目は 鰹節の商いする人

 

この3つの信頼関係ができたときに商売をさせて頂けるという考えを大切にしています。持続可能な社会という視点からも現代社会に合致した考え方でもあると言えます。 

 

現代のにんべんのコーポレートポリシー

にんべんは、伝統と信用を基礎として常に変化に挑み、無限の可能性を信じ、顧客に満足願える仕事を通じて社員の幸福を増進し、会社の発展と繁栄を念願とする。

 

顧客の立場になって仕事をする(顧客の利益)

社員の生活向上に努力する(社員の利益)

わが社の成長と安定に全力をつくす(わが社の利益)

 

この3つの利益が常に一致する経営を行うことで、より広く社会に奉仕することをわが社の経営の基本理念とする。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■世界一堅い食品「かつお節」の秘話

 

節(かつおぶし)は、カツオの肉を加熱してから乾燥させた日本の保存食品。

世界一堅い食品とも言われる。

 

日本では、701年には大宝律令・賦役令により、堅魚に分類される干しカツオなどが献納品として指定される。現在の鰹節に近いものでは、室町時代の1489年のものとされる『四条流包丁書』に「花鰹」とあり、干物ではないかなりの硬さのカツオが想像される。江戸時代には、甚太郎という人物が現在の荒節に近いものを製造する方法方を考案し、土佐藩(現・高知)では藩を挙げてこの熊野節の製法を導入した。江戸時代には鰹節の番付、明治時代には品評会などが開催された。伝統的な枯節は、土佐、薩摩、阿波、紀伊、伊豆など太平洋沿岸のカツオ主産地で多く生産されてきた。 

 

カツオ自体は古くから日本人の食用となっており、縄文時代にはすでに食べられていた形跡がある(青森県の八戸遺跡など)。5世紀頃には干しカツオが作られていたとみられるが、これらは現在の鰹節とはかなり異なったものであったようだ(記録によるといくつかの製法があったようだが、干物に近いものであったと思われる)。

  

大坂・江戸などの鰹節の消費地から遠い土佐ではカビの発生に悩まされたが、逆にカビを利用して乾燥させる方法が考案された。この改良土佐節は大坂や江戸までの長期輸送はもちろん、消費地での長期保存にも耐えることができたばかりか味もよいと評判を呼び、土佐節の全盛期を迎える。

 

江戸期には国内での海運が盛んになり、九州や四国などの鰹節も江戸に運ばれるようになり和食文化のキー素材として、全国で親しまれるようになっています。

 

 

■世界で注目「だし」の世界

 

(参照:株式会社 くらこんHPより)

http://www.kurakon.jp/special/washoku/index.html

 

2013年12月4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコにより世界無形文化遺産への登録を認められました。
これによって、世界的に和食の価値が再認識されることが期待されています。

和食の特徴は様々ありますが、その最たるものとして「日本の国土に根ざした多様な食材が新鮮なまま使用されており、そしてその食材の持ち味を引き立たせる優れた『だし』がある」ことです。このように、だしは和食と密接に関連しており、だしの存在が和食の世界無形文化遺産への登録に大きく貢献しています。

ここでは、和食の偉大なる味覚『だし』の秘密についてご紹介いたします。

 

 

 

池田菊苗教授

食材の持つうま味をスープに引き出す、というのは、和食のみに見られる調理法というわけではありません。フランス料理のブイヨンや中華料理の湯(タン)など、世界でも様々な素材を使ってスープを作ることはよくあります。しかし、それらは色々な肉や野菜、海産物などの具材を長時間煮込み続けることによって得られるため、素材の味が強く出ています。

一方和食のだしは、うま味が豊富な食材を使って、短時間で作られます。そして、そのだしは食材が持つ上品なうま味で、食材のもつ美味しさを引き立てるという、世界に類を見ない特徴があります。そこでは、昆布が欠かすことのできない役割を担っています。それこそがだしの秘密であり、和食自体の特徴でもあるのです。

そう、和食は昆布が支えてきたのです。

 

 

今回、和食がその価値を認められるに至った要素は様々ありますが、その中でも特に重要な3要素についてご紹介します。それらには、昆布の存在が欠かせません。

多種多様な食材が新鮮なまま素材の味を活かして使用されている

池田菊苗教授

日本は、変化に富んだ様々な自然に恵まれています。

例えば、海。南北からの様々な海流が日本の周辺で交わって、豊かな漁場を形成しており、それによって豊かな魚食文化が育ちました。いまや、寿司は和食の代名詞です。

そして、南北に細長い陸地。これにより、地域によって気候が異なるため、山里ではその地域に根ざした食材が栽培・採取されてきました。御存知の通り、日本各地には、それぞれの地域で取れる山の幸を使った煮物が伝えられています。

また、その様々な素材がもつ味を活かすために、昆布が積極的に活用されてきました。例えば、寿司は米を炊飯する時には昆布を必ず一緒に入れますし、煮物にも昆布だしが欠かせません。

昆布を幅広く活用することによって、和食は素材の味を活かしているのです。

栄養バランスの優れた構成

和食においては、前述のとおり、素材の味を活かすため昆布が幅広く活用されてきました。これによって、動物性油脂が少なくても満足感が得られるので、日本人の肥満防止に役立っているといわれています。

また、和食は一汁三菜を基本的な構成としています。これは、栄養学的な観点から見ても、非常にバランスのとれた理想的な構成であるとされています。汁物は、一汁三菜を構成する重要な要素の一つで、これがなければこの健康的な組み合わせは成立しません。また、それには昆布で作っただしが欠かせず、これを使っていない汁物はないと言っても過言ではありません。このことからも、昆布は和食において欠かすことができないということが分かります。

年中行事との関わり

池田菊苗教授

和食は、四季折々の行事とも密接に関わっています。

例えば、お正月。新年を迎えるにあたって、欠かせないのが「おせち料理」です。他国でも新年を迎えるにあたって特別な料理をつくる文化はありますが、おせち料理のようにメニューの一つ一つにまで意味を持たせて願いを込める文化は、おせち料理以外にありません。

おせち料理の代表的なメニューとして、煮しめやこんぶ巻があります。煮しめの材料はそれぞれ色々な願いが込められており、その一つである里芋は、小芋が数多くできる事から子孫繁栄を願っています。また、こんぶ巻は昆布と「よろこぶ」という言葉がよく似ていることから、喜びにあふれた一年になるようにとの願いが込められています。

そして、これらのレシピにも昆布は欠かせません。煮しめにはだしが欠かせませんし、こんぶ巻は昆布そのものです。そう、私達日本人は、昆布とともに新年を祝うのです。

 

昆布からうまみを発見

池田菊苗教授

池田菊苗教授(1864~1936)

これまで、和食において昆布とそのだしが重要な役割を果たしてきたと述べてきました。ここでは、そのだしのおいしさの根源である「うま味」についてご紹介いたします。

西洋においては、味を形成する種類として、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」の4種類が基本味として知られていましたが、それではどうしても説明がつかない味がありました(ちなみに、「辛味」はこの基本味には含まれません。これは、辛味が味覚ではなく痛覚を刺激する感覚であるためです)。その味覚が「うま味」であるということを発見したのが、東京帝国大学の池田菊苗教授でした。

池田教授は京都の生まれで、幼い時から料理に使用される昆布だしに興味を持っていたと言われています。昆布だしのおいしさの正体は何なのか。池田教授はその味の正体を解明する研究を行い、うま味の正体である成分「グルタミン酸」を発見しました。そして、それがもたらす味覚こそが、もともと知られていた4種類のどれにも属さない、「うま味」という新たな味覚であると提唱したのです。

この5番目の味覚「うま味」に関しては、西洋においてはその存在について長い間議論が続いていました。しかし、2000年にグルタミン酸の受容体が、舌の味を感じる細胞である味蕾に存在することが明らかとなり、「うま味」の存在が確定することとなりました。こういった経緯から、西洋においては「うま味」に対応する語がなく、「UMAMI」として認知されています。

 

うま味の相乗効果

昆布、かつお、しいたけ

このように、「うま味」という味覚の存在が明らかになったのはごく最近ですが、日本人は前述の通り、うま味がタップリと含まれた「だし」を活用し、素材のおいしさを引き立て、和食独自のおいしさを育んできました。

昆布とかつお節の「合わせだし」は、日本の食卓と切っても切り離せないもので、現在でもあらゆる料理のベースとなっています。昆布とかつおそれぞれ単独で作っただしよりも、うま味が際立って感じられることが、経験的に知られており、長い間和食のおいしさを支えてきました。昆布とかつおのうま味を同時に味わうと、飛躍的に強くうま味を感じるこの現象を、「うま味の相乗効果」と呼んでいます。

だしといえば、昆布だけではなく、かつお、いりこ、しいたけなどを思い出される方も多いことでしょう。しかしながら、合わせだしを作るにあたっては、昆布が欠かせません。「うま味の相乗効果」はアミノ酸系のグルタミン酸と、核酸系のイノシン酸やグアニル酸を同時に味わった時に起こるのですが、そのグルタミン酸を含むだしは、昆布でしかできません。つまり、昆布は合わせだしの要なのです。

しかしながら、この「うま味の相乗効果」が科学的に発見されたのは1960年、メカニズムが明らかになったのはつい最近の2008年のことでした。「うま味」そのものと同様、日本においては古くから知られていたものが、ようやく解明されたのです

 

 

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■書籍概要

書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

  出版社: セルバ出版 価格 : 1,600円+税  

URL  http://www.amazon.co.jp/dp/4863672063