印傳屋上原勇七 「一子相伝」の家伝

 

 

 

 

 

 「一子相伝」

(印傳屋の秘伝)

 

 

近年、「一子相伝」の伝承が続いた秘伝の印伝製造の技術を、「従業員と技術を共有しなければ企業として発展しない」と方針を転換 

  

印傳屋上原勇七

創業:1582 年創業

 

甲州印伝革製品の製造販売、山梨県甲府市

URL: http://www.inden-ya.co.jp/

 

 

■企業概要

 

印伝屋上原勇七は天正10年(1582年)創業で400年以上の業歴を有する甲州印伝革製品の製造卸・小売メーカーとして各種印伝製品を製造し販売する。「印伝」は、鹿革に漆加工を施したものの総称で、最終製品には財布、ハンドバッグ、ベルト、名刺入れ、小銭入れなどがある。この甲州印伝一貫生産メーカーの全国シェアは90%以上。多様な伝統的な製品に、常時、斬新なデザインを施した新製品を市場に投入するなど、若者層への需要掘り起こしにも注力。

 

現在は年商30億をほこる企業して内外の注目を集めている

 

当主は代々上原勇七を襲名。工場が戦災で焼失した際は、野球のグローブを作ってしのぎ、復員してきた職人たちと製造を再開。1955年に12代目当主急逝。上原勇七(現会長)が22才で社長に就任。

 

歴史的に一貫して「一子相伝」の伝承が続いた秘伝の印伝製造の技術を、「従業員と技術を共有しなければ企業として発展しない」と考え、勇七現会長が従業員にも公開。「印伝は家業として継承しており、この土地を動かない、ここに住まないと栄えない、街が荒れるのは住人が郊外に住むようになるからだ」と説き、地元との繋がりを重視。組合を結成し県と市の協力を得て、1994年甲府市川田町に「アリア」と名づけた街づくりにも貢献している。その他、地元主催の行事への協賛を行っている。2004年上原勇七氏は会長に退き、長男の上原重樹が社長に就任。 

 

400年超す鹿革「漆付け」、米にも進出

 

 400年以上の歴史がある「甲州印伝(いんでん)」は、鹿革に漆で柄付けする革製品。山梨県地域産業振興課によると「甲府印伝商工業協同組合」に加盟する山梨県内4社の製品が、甲州印伝として認められている。4社の中で市場シェアトップ、最古のメーカーが、天正10(1582)年創業の「印傳屋(いんでんや)上原勇七」(甲府市川田町)。全国4カ所に直営店を持ち、東京・銀座の歌舞伎座に企画会社との連携出店もしている。

 

 印傳屋によると、戦国時代、鹿革と漆の産地だった甲斐(かい)の国で、武者の鎧兜(よろいかぶと)の補強や防水、装飾に用いられ、次第に発展したものとされています。

 

 印傳屋が守り続ける伝統的な製造技法は、「一人前」と言われるには5~7年はかかるものです。

 

 こうした技法は職人による分業で行われ、印傳屋では、従業員約90人のうち職人約20人が各工程に従事しているそうです。技法の継承は、かつては上原家の家長である「勇七」のみに口伝されていたが、十三代上原勇七(現会長)によって、職人の作業などが公開されるようになりました。

 

 印伝の愛用者には著名人も多い。59歳で亡くなった歌舞伎俳優の十代目坂東三津五郎さんも、その一人。親交のあった上原重樹社長(54)は「三津五郎さんは『鹿革は使い込むほど柔らかくなり手になじんでくる。色、艶にも魅力がある』と価値を認めてくれていた」と振り返る。

 

 印伝の柄には、菖蒲(しょうぶ)やトンボ、小桜といった古典的な模様が使われるほか、印傳屋では洋装にも合わせやすい現代的なオリジナル柄による新作ブランドを昭和58年から毎年、発表。今年1月には、世界文化遺産の富士山を初めて柄に取り入れた新シリーズも投入した。

 

 平成23年には、米国向けブランド「INDEN NEW YORK」を発表。昨年8月と今年3月の2回、イタリアの高級ファッションブランド「グッチ」とのコラボレーション商品にも挑戦した。漆付けの技法を用い、グッチのブランドマーク「GG」のパターン柄をバッグの表面革地に施すなどして好評を得た。

 

 上原社長は「新しい挑戦は、職人の技術を向上させ、市場の開拓にもつながる。伝統技法と原材料を変えずに、時代に合った新製品を作り出すことが、われわれの生命線だ。今後も、印伝の技術を深めていきたい」と話している

 

 

 

 

 

 

 

 

■印伝とは?

 

 印伝(いんでん、印傳)とは、印伝革の略であり、羊や鹿の皮をなめしたものをいう。 細かいしぼが多くあり、肌合いがよい。なめした革に染色を施し漆で模様を描いたもので、袋物などに用いられる。

 

名称はインド(印度)伝来に因むとされ、印伝の足袋が正倉院宝庫内に見られ、東大寺に文箱が奈良時代の作品として残る。 

 

その名の由来は印度(インド) 南蛮貿易が盛んな17世紀、東インド会社より輸入されたインド産の装飾革に『応帝亜(インデヤ)革』と呼ばれた革があり、印度伝来を略して印伝となったと伝えられています。

 

甲州印伝のはじまり

鹿革と漆、甲州印伝のはじまり

江戸時代に入ると、遠祖上原勇七(現十三代)が鹿革に漆付けする独自の技法を創案、ここに甲州印伝がはじまったといわれています。この技法により作られた巾着、莨入れ、早道などは、当時の上層階級にたいへん珍重されました。

  

家伝の秘法家伝の秘法を今に伝える印傳屋江戸後期に数軒あったといわれる印伝細工所のうち、時の流れのなかで、印傳屋だけが唯一残りました。その理由は、「技」の継承を代々の家長「勇七」のみに口伝されたことによります。家伝の秘法は、現在では印伝技法の普及のため、広く公開されています

 

山梨県の工芸品として甲州印伝が国により、その他の伝統的工芸品に指定されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■日本人なら印伝をつかえ!

 

 ブランドものが大好きな日本人。いいものを長く使うことは人生を豊かにする知恵である一方、ただただ周りに流されるように高いブランド品をもつ風潮には眉をしかめたくなるものです。

 

とくに、中学生や高校生がやたらと持つブランド品は、品がない

 

身の丈のあったもの使うこと

そして、そのうえで長く使えるものを手元においておきたいものです。

 

近年、日本発のブランド。とくに伝統産業に根差したアイテムを使う人が増えています。明治天皇の玄孫として知られる竹田さんは、「印伝」の財布を愛用しているです。

 

印伝は、鹿の皮に漆付けと呼ばれる技法で作られた伝統のあるものです。江戸時代には、上流階級の人々から愛されたと言われています。

 

一般人には、手の届かない財布・・・と思いきや、印伝の長財布は、2万円程度でかえます。

かくいう家訓二ストの愛用する財布や名刺入れは「印伝」をつかっています

やわらかい鹿革の手触りや、うるしの光沢は、使えば使うほど味がでて、さらに愛着がわいてきます

 

商売で成功したり、あるいは団体の長をつとめる方が、ブランド品で身を固める姿をみると、ちょっとがっかりします。ワンアイテムだけでも日本の伝統品をもつ、そんな「粋」(’いき)な日本人が一人でも多くなることを夢想します 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 ■日本人が大好きなヴィトン

 

世界中から憧れのまなざしを受け続けるルイ・ヴィトンは、1854年パリで世界初の旅行鞄専門店として創業して以来、ブランドの王様として君臨しているフランスが生んだスーパーブランドです。

  

日本においても、ルイ・ヴィトンの人気は非常に高く、多くの人々から愛され続けています。 街行く人々を注意深く見てみると一目瞭然。ルイ・ヴィトンのアイテムを持っている人の多さに驚くはずです。

 

さて、最近考えてるのはなんでルイ・ヴィトンというブランドを日本人は好きなのか?というそもそも論です

 

 

■売上の6割を日本人むけの商材で確保((+_+))

 

ヴィトン好きの方にとっては、デザインや色はもちろん、 丈夫な点や、一流ブランドとしてのステータスが購入のポイントとなりそうです。

 

しかし、フランスのブランド店からすると日本人に限らず、中国人、アジア系は いいかもだそうです (笑) 個性を大切にするフランス人はあまりブランド物は購入されないとも言われています

  

 階級社会が根付くヨーロッパでは、ブランド品は、ブランド品が似合う生活をされる方むけのアイテムとして認知されています。運転手さんつきの車にのっているような人がつかうのが「ヴィトン」であって、中学生や高校生がパートしてお金をためて買うのは、「ブランド」ではありません。

 

そういった意味では、「ブランド」が似合う日本人はごくごくわずか

そんな憧れを形にするものが「ヴィトン」という記号なのかもしれません。

 

 

■ヴィトンと日本の意外な関係 

 

日本のデザインは高く評価されており、その洗練されたデザインは実はモダン・アートにも通用する魅力を秘めています。その代表例がルイ・ヴィトンに残る日本の影響です。

 

画像は、正倉院展に展示された平安時代の琵琶です。

ネットでは、「あれ?これヴィトンそっくりじゃね?」との1000年をへたパクリ疑惑が話題になりました。

 

ジャポニズムとは?

明治11年(1878年)のパリ万国博覧会がひらかれた際、ヨーロッパでは空前のジャポニズム・ブームが起こりました。 

 

ジャポニスム(仏: Japonisme)とは、ヨーロッパで見られた日本趣味のこと。

 

19世紀中頃の万国博覧会(国際博覧会)へ出品などをきっかけに、日本美術(浮世絵、琳派、工芸品など)が注目され、西洋の作家たちに大きな影響を与えました。ジャポニスムは画家を初めとして、作家たちにも多大な影響を与えた。たとえばゴッホやクロード・モネ。またドガを初めとした画家の色彩感覚にも影響を与えています。

 

また現代においても北欧家具といわれるモダンなデザインは、100年ほど前に出現したアール・デコと呼ばれる様式で、これもジャポニズムの独自解釈が上げられ、西洋の合わせて発展させた事にあるとされています。

 

ですから日本人にとっては、日本文化と憧れの西洋文化を融合させた理想的な姿に見える場合もあります。北欧家具のIKEAが人気なのも、多くの日本人にとって、受け入れやすい要素を持っているのかもしれません

 

 

ルイ・ヴィトンとジャポニズム

ジャポニスムは、たんなる一時的な流行に終わず、ルイ・ヴィトンのダミエキャンバスやモノグラム・キャンバスも当時のゴシック趣味、アール・ヌーヴォーの影響のほか、市松模様や家紋の影響もかかわっているとされます

 

当時、創始者であるルイ・ヴィトンは平らなトランクを考案し、それが当時のセレブより好評を博し、トランクの専門店としては既に成功を収めておりました。

 

しかし、偽物も横行しており、そうした流れを防ぐために、より意匠の凝らしたデザインが必要だったと言います。そこで当時流行中であったジャポニズム様式をとりいえ、現在のモノグラム・デザインが生まれました。

 

1000年という時をへて、平安貴族が愛した琵琶の意匠と、ヴィトンのデザインがシュリンクしたことは、偶然でなくある種の必然だったのかもしれません。 

 

 

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■書籍概要

書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

  出版社: セルバ出版 価格 : 1,600円+税  

URL  http://www.amazon.co.jp/dp/4863672063