サラリーマン歌手 木山裕作の子育て論

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ダメな姿をみせる』

(木山さんの子育て論)

 

木山 裕策(きやま ゆうさく)

生誕:1968年10月3日 

 

日本の歌手・会社員。大阪府大阪市出身。血液型A型。身長183cm。既婚。

 

人物

 2008年2月に歌手活動を開始する。広告関連の出版社に勤める会社員を本業としており求人サイト中の広告を担当する部署の課長である。歌手活動は本業の休日に行う。妻と4男がいる。憧れの歌手は平井堅。

  

略歴 

1968年、高校教師の父と美容師の母の間に生まれる。父親は広島の出身。大阪府立大手前高等学校を経て、大阪外国語大学外国語学部スペイン語専攻(現・大阪大学外国語学部)に入学し、大学時代にバンドを結成し、ボーカルを担当。ビリー・ジョエルを好んで歌った。プロ志望を断念し、シナリオライターを目指しながらアルバイト生活をするも挫折し、その後会社員となる。

 

2004年頃、左側の甲状腺に悪性腫瘍が見つかり、全摘出手術を受ける。手術の際に声帯と繋がる神経(反回神経)を傷つけてしまう可能性があり、もし無事に手術が終わり、声が出るように回復すれば、歌手という夢へ挑戦することを決意する。その後、手術は無事成功し、奇跡的に声は残った。手術後、リハビリによって歌を歌えるまでに回復し、自分の声をCDに残して子供たちに聞かせたいと熱望するようになる。

 

2007年、日本テレビ系『歌スタ!!』に出演し、平井堅の「瞳をとじて」、さらに追試でビリー・ジョエルの「Piano Man」を歌唱し、番組においてウタイビトハンター(審査員)として参加していた多胡邦夫の目に留まる。後に楽曲「home」を制作し、番組内で最終プレゼンテーションを行うが、不合格に。その時点でメジャーへの道を諦めようとするも、多胡の説得を受け、フルコーラスで仕上げた2度目のプレゼンテーションによってデビューが決定する。

 

2008年2月6日にシングル「home」でデビュー。同年12月31日の『第59回NHK紅白歌合戦』に初出場する。

 

現在は東京に在住。歌手活動は週末のみで平日は会社員として働いている[5]。2010年秋に「子供と過す時間を増やしたい」理由で残業の少ない会社に転職をしている

 

 

  

■『歌スタ!!』出演~デビューまでの道のり

 

彼は、2年半前に甲状腺に腫瘍(2×3cm)がある事が判明。組織検査の結果、悪性の疑いから左側の甲状腺を全摘出し、医師より「手術後に声が出なくなる危険があること」を告げられる。その際「手術の後にもし声が出るんだったら、絶対もう一度歌ってみよう。」と思ったそうだ。

 

手術は無事成功。手術直後は声が出しづらい状態が続いたが、日々の訓練の結果、半年後には歌うことが出来るまでノドは回復。その嬉しさから、「自分の声をCDに残して子供達に聞かせてあげたい!

」と改めて決意し、『歌スタ!!』に挑戦。ハンター(審査員)の一人で一児の父親でもある多胡邦夫が、作詞作曲を手がけた「home」という楽曲を歌うも、ハンター‘S BOSSから「家族の生活を背負って、プロの歌手として活動していくのは厳しいのでは。。。」「もっと長く聴きたかった」という理由で、“ごめんね札(不合格)”が出てしまった。

 

しかし、多胡邦夫は、木山から感じる歌に対する思い・木山の子供達の父に対する思い・自らの楽曲に対する思いから、ハンター‘S BOSSの結果に諦めがつかず、最終プレゼンリベンジを木山へ提案。子供達には“大人になると良いことあるよ”という部分を見せていこう、という木山夫婦の子育て信条を改めて思い出し、最後まであきらめない姿を子供達に見せようと、木山はハンター多胡と一緒に最終プレゼンリベンジへ挑戦することを決意した。

 

そして迎えた最終プレゼンリベンジの当日。新たに出来た「home」2番・Dメロに込められた多胡・木山の“気持ち”にハンター‘S BOSSは心を震わせ、「この一曲を是が非でも世の中に届けたい」と改めて“よろしく札(合格)”を揚げた。

 

 

■「だめな姿をみせる」木山さんの子育て論

 

平成28年6月11日、NHKに出演された木山さんは、4人の男の子を育てる父親としての子育て論を紹介されました。

 

家訓ともいえる子育て論とは「だめな姿をみせる」と意外なのもの、曰く、親が立派すぎるとプレッシャーがかかるし、子どもには、ダメな姿をみせつつも、同時に決してあきらめない姿をみせることで、自分の力で立ち上げる大人に育ってほしいとの想い