家訓「親父の小言」の誕生秘話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■なぜかトイレに貼ってある「親父の小言」の秘密

 

居酒屋のトイレって、ちょっといい言葉が貼っていないでしょうか?

 

以前、タモリさんは、トイレの話題になった時に、疑問の答えに通じるようなことを言っていました。「キャバクラのトイレは、ゴージャスにつくるのが鉄則です。それは、人間は酔っ払っていてもトイレでは素になってしまうのでそれを避け、なが~くお金を落としてもらう商売人の知恵」だと解説されました。

また、東京ディズニーランドでは、トイレに鏡を置かないようにしていると言われています。これも、非日常を演出するための1つの仕掛けではないでしょうか?

 

用を足すということは、原始的な営みであり、生き物としての性でもあります。

トイレの個室は、人間の本質に戻れる場所なのかもしれません

 

案外、深いトイレの個室の世界。

そんな個室には、詩人の「みつを」さんや、カレンダー形式の人生訓が似合います。

そして、家訓ニスト調べNo.1の人気を誇るのが、今回紹介する「親父の小言」シリーズです。

 

弊社の壁にも、いつのころからか、貼ってある「親父の小言」。

「家訓」という表現ではないものの、浸透力やトイレでの占拠率でいえば、日本一有名な家訓かもしれません

今回、その出典をふくめ、検証したサイトをみつけましたので紹介させていただきます。

 

 

■「親父の小言」の生みの親

 

(参照:人間力.COM) 

http://chichi-ningenryoku.com/?p=1333

 

 青田暁知(大聖寺住職)  

(『致知』2003年10月号)

 

「親父の小言」をご存じでしょうか。

 

ご存じない方でも、 「火は粗末にするな」「朝きげんよくしろ」 「神仏をよく拝ませ」「人には腹を立てるな」 「人に馬鹿にされていよ」「家業は精を出せ」 「年寄りをいたわれ」 ……これらの言葉が全国の土産物の壁掛けや 温泉場の手ぬぐいなどに書かれ、 売られているのを見た人は多いと思います。

 

実はこのもとになったのが私が住職を務める福島県浪江町、 大聖寺の庫裡に掲げられた「親父の小言」の四十五の文章です。

 

 私の父・青田暁仙が昭和三年、三十三歳の時に書いたもので、 私が物心ついた時にはすでに庫裡に掲げられていました。 私にとってはいずれも親しみのある言葉ばかりです。ただ、私は十一歳で父と死別しましたので、 この小言について父に深く聞くことは、ついにできないままでした。

  

ですから、父がどういう思いを込めて これらの言葉をしたためたのか、 小言を言った親父とは、父の父である青田八郎のことなのか、 それとも自分の思いを架空の小言親父に託したのか。 はっきりしたことは分かりません。

 

ただ、小言の為書には 「親父生前中の小言を思い出して書きました。  今にして考えればなるほどと思うことばかりです」 の一文があります。 青田八郎の言葉であることを裏付けているかのようですが、 父は石田梅岩の石門心学について 熱心に勉強していたことなどを考え合わせると、 あるいはその影響もあるのでは、とも考えられます。

 

 

実際、「家業は精を出せ」「たんと儲けてつかへ」など 小言には梅岩の思想と共通する言葉も盛り込まれています。 昭和三十年代の半ば、この小言を町内の商店が 商品にして売り出したのをきっかけに、 評判が評判を呼んで全国に広がりました。 途中、新たな語句が加わったり、 逆に本来の言葉が削られたりと、 父のオリジナルとは随分異なるものになってしまいましたが、 小言が広がったのは、何か人々の琴線に触れるものが あったからでしょう。    

 

  (後略。以下に45の文章をご紹介します)

 

大聖寺とは?

平安時代、会津恵日寺の徳一大師による創建と伝えられる。元禄14年(1701)相馬中村藩5代藩主相馬昌胤(そうま まさたね)は37歳で家督を養子である叙胤(のぶたね)に譲り、現在の大聖寺の後方に当たる場所に享保13年(1728)に没するまで住みました。 昌胤の住んだ館の正門の遺構は現在の大聖寺山門として残っており、その扉はかつての館の裏門で使われていたものです。 

 

※東日本大震災に伴う原発事故の影響により、国の避難指示が解除されておりません。浪江町内への立入りは制限されておりますので、お出掛けの際はご注意ください

 

 

 

 

 

 

 

 

  

火は粗末にするな

朝きげんよくしろ

神仏をよく拝ませ

不浄を見るな

人には腹を立てるな

身の出世を願へ

人に馬鹿にされていよ

年寄りをいたわれ

恩は遠くから隠せ

万事油断するな

女房のいうこと半分 子のいうこと八九はきくな

家業は精を出せ

何事もかまわずしろ

たんと儲けてつかへ

借りては使うな

人には貸してやれ

女郎を買うな

女房を早く持て

難渋な人にほどこせ

生き物を殺すな

年忌法事をしろ

義理は必ず欠くな

ばくちは決して打つな

大酒は呑むな

大めしを喰うな

判事はきつく断れ

世話焼になるな

貧乏を苦にするな

火事の覚悟をしておけ

風吹きに遠出するな

水はたやさぬようにしろ

塩もたやすな

戸締まりに気をつけろ

怪我と災は恥と思へ

物を拾わば身につけるな

小商ものを値切るな

何事も身分相応にしろ

産前産後を大切に

小便は小便所へしろ

泣きごとは必ず云うな

病気は仰山にしろ

人の苦労を助けてやれ 不

吉は云うべからず

家内は笑ふて暮らせ

 

 

■視点・論点より 「"親父の小言"のルーツは江戸にあり」

 

参照:NHKオンライン)

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/183309.html

 

法政大学講師 小泉吉永

 

 約1年前、1冊の和本がネットオークションに出品されました。

 商品名には「和本、江戸期教訓書、「親父の小ごと」一冊」とあり、江戸末期の嘉永板とのこと。写真を見ると「嘉永5年(西暦1852年)」の刊記が確認できました。

 「親父の小言」と言えば、「火は粗末にするな」「朝、機嫌をよくしろ」で始まるお馴染みの格言集です。

 皆さんも、居酒屋の湯呑みや蕎麦屋の箸袋、あるいは、観光地の土産物など、幾度となく目にした覚えがある事でしょう。

 その「親父の小言」とは恐らく別物だろうと思いましたが、同じ書名の出版物が江戸時代にもあった、この事実だけでも十分面白いと感じて入札し、運良く落札できました。

 

  

 数日後に届いた原本を見ると、本文は全81カ条で、末尾に教訓の和歌2首を添え、最後に「嘉永5年」の年号と「施主、神田住」、つまり、江戸神田の住人が施しの為に出版したことを示す記載がありました。

 驚いたことに、本文冒頭は「火は粗末にするな」「朝、機嫌をよくしろ」という聞き慣れた文句。こうなると、今日流布する「親父の小言」とは、どこが同じで、どこが違うのか、そしてまた、江戸時代の文献がほかにもないのかが気になりました。

 

 まず第一に、現代と江戸の「小言」の違いです。現在の「小言」も箇条数や文言の異なるものが色々と出回っていますが、そのルーツは、昭和3年(1928)に書かれた45カ条です。それは、福島県浪江町の大聖寺のご先祖の暁仙和尚が書かれた45カ条です。それを印刷して信者等に配布していたものが、いつしか地元の土産物となり、昭和30年代から一気に全国へと広がったそうです。

 

 ただし、その印刷物の最後に「親父生前中の言葉を思い出して書き並べました」と書かれており、45カ条は記憶にしたがって復元したものと言います。

 この昭和版の45カ条に対して嘉永板は81カ条ですから、例えば「子供の頭を打つな」「女房にだまされるな」「喧嘩をするな」など昭和版には欠落した箇条が数多くある一方、81カ条には45カ条の内容が全て含まれています。

 

また、嘉永板の「恩はどうかして返せ」が、昭和版では「恩は遠くから隠せ」となっているように、文言や箇条配列の違いも散見されます。ただし、81カ条が45カ条に減ったのは意図的な取捨選択の結果と見るべきでしょう。どちらにせよ、81カ条から45カ条が派生した可能性が極めて高いと思われます。

  

 「親父の小言」は、対人関係の箇条が際立っています。そこには、世間の人を「人様」と呼ぶ精神が息づいているように思います。「小言」を読むと、私はいつも評論家の草柳大蔵さんの逸話を思い出します。

 

 石屋に生まれ育った大蔵少年が中学三年のある夏の日。これから銭湯へ行こうというのに、わざわざ父親が井戸端で行水をして、体を奇麗に拭いていました。それを見た大蔵少年は、「銭湯へ行くのに、どうして体を拭くの。それは不合理じゃないの」と言いました。すると、父親は「銭湯で着物を脱いで汗臭かったら、人様の迷惑だろうが!」と叱ったそうです。

 私もそうですが、現代人の多くの人が、大蔵少年と同じ発想になるのではないのでしょうか。

 そう言えば、最近は「人様」という言葉もあまり聞かなくなりました。ややもすると、「人様」より「俺様」の時代かもしれません。江戸時代に庶民道徳を説いた「石門心学」の教えも、「俺が俺がが増長すると、一生おかしな人間になる」と戒めています。

 

 嘉永板を公開後、多くの方々から感想を頂きました。160年前の『小ごと』は今や懐かしい「頑固親父」の象徴であり、そこから、多くの人が日本人の心を感じ取っているようです。特に、対人関係を重視する『小ごと』は、江戸の「もてなし」や「ふるまい」の心を現代に伝えるメッセージと言ってもよいでしょう。

 

 本来、無名の「小言」を国民的な格言に引き上げたのは、紛れもなく大聖寺の45カ条であり、暁仙和尚の尽力によるものです。そして、今回の嘉永板の発見は、江戸時代の文化や歴史の痕跡が意外と身近な所に残っている事を示す一つの証であり、江戸文化の奥行きを感じさせるものでしょう。

 

 45カ条にしろ、81カ条にしろ、「親父の小言」が時空を超えて語り継がれ、近い将来、その文言が「ことわざ辞典」に採録されることを密かに願う次第です

 

 

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