島津製作所 家訓とノーベル賞の田中さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

株式会社島津製作所(しまづせいさくしょ、英: Shimadzu

Corporation)は、京都府京都市中京区に本社を置く、精密機器、計測器、医療機器、航空機器の製造をおこなう企業である

 

 

売上高: 連結:2,382億円

従業員数:連結:9,624名

 

現在の『丸に十の字』の社章は薩摩の島津家の家紋に由来するが、創業者の初代島津源蔵は京都の出身である。大名の島津家とは血縁がないが、創業者の祖先である井上惣兵衛尉茂一が島津義弘から家紋と「島津」の姓を与えられた。そのときの経緯は以下の通り。

 

薩摩の島津義弘が、京都の伏見から帰国の途上に、豊臣秀吉から与えられた播州姫路の領地に立ち寄った。その際、そこに住んでいた井上惣兵衛尉茂一は領地の検分などの世話をした。それに対する褒美として“島津”の姓と“丸に十の字(くつわ)の家紋”をもらった

 

 

■唯一無二の島津製作所という会社 

 

 

(参照:ガゼット通信)

http://getnews.jp/archives/841056

 

13年前に社員の田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞し、一躍注目を浴びた島津製作所。2015年2月26日放送の「カンブリア宮殿」(テレビ東京)は、年商3000億円、エンジニア1400人を擁する技術者集団の、研究にまい進する想いと仕事ぶりに迫った。

 

明治時代に京都で創業した島津製作所は、「見えないモノを見る・測る」分析・計測機器を製造する専門メーカーだ。田中耕一氏がノーベル賞を受賞した業績も「タンパク質を分析計測できる方法を発見」したことである。

 

 

京都の仏具職人が「科学」に興味持ち創業 

島津製作所が開発した機器は、ビールの味や品質保持、節水シャワーヘッドの開発など、食品や製造業、医療分野での研究開発になくてはならない存在だ。

 

田中さんはこの会社で、55歳になる今でも一社員として働き、病気の早期発見などに役立つ分析技術の研究に没頭している。島津製作所の真髄について、彼はこう語る。 

 

「こうした機械を使い、見えないものを見えるようにしよう。見えることによって何かに役立つ。それが私たちのやりがいでもあります」

 

島津製作所の創業者、島津源蔵はもともと京都の仏具職人だったが、文明開化と共に欧米から入ってきた「科学」に興味を持つ。140年前の1875年(明治8年)に会社を興すと、仏具加工の技術で科学実験教材を次々と国産化した。

 

その息子の2代目源蔵は、父親に輪をかけて科学に没頭した。日本で初めてのX線撮影に成功するなど事業分野を医療・分析機器へ広げ、「日本の十大発明家」にも選ばれている。現社長の中本晃氏も、大ヒット商品となった液体分析装置を開発したエンジニアだ。

 

 

「製品は、開発するだけでなく普及して世の中の役に立ってこそ価値が出る」

 

そう語る中本社長は、村上龍に「島津は、礎でありながら金儲けは下手」という評判を指摘されると、うれしそうに苦笑していた。

面白そうで世の中に役立つなら「やってみよう」という風土

 

明治初期に京都でベンチャーが起こった背景には、東京に首都が移った危機感があったようだ。島津製作所に続いてオムロンや村田製作所、京セラなどが生まれるなど、島津から刺激や影響を受けた成長企業は多い。

 

しかし売上高では京セラ1兆4千億円、オムロン7730億円に対し、島津は3075億円と大きく水をあけられている。この理由について、中本社長はこう説明した。 

 

「京都には(島津の)協力企業が多い。そういうところに技術を惜しまず連携をとっているのが、(売り上げが大きく伸びない)元になっているのではないか」

 

番組では、島津製作所と浜松医科大学が共同開発し、がん治療に劇的な進歩をもたらすと期待される「iMスコープ」も紹介した。

 

世界で初めて形状と中身を同時に見て分析できる機械で、がん細胞の位置や形と同時に、薬がどこまで細胞に浸透しているかなどが一目瞭然になる。開発には、入社17年目の原田高宏さん(分析計測事業部)が10年の歳月を費やした。

 

機械の開発を依頼した浜松医大の瀬藤光利教授は、「いろんな会社に話を持って行ったが、島津製作所だけが真剣に一緒にやってくれた」と明かす。開発者の原田さんは、島津の社風をこう語った。 

 

「島津は、そういう依頼を受ける会社。面白そうなもの世の中に役立つものだったら『やってみよう』という風土はある」

 

 

「島津なくして放射線医学の発展はなかった」

 

顧客のニーズに応じた調整をするため、ほとんどの製品を国内で手作りし、膨大な開発費がかかっても世の中の役に立つとなれば挑戦を惜しまない。自社の売上金額だけにこだわるならできなかった画期的な技術の発明も多い。

 

日本医科大学放射線医学教室の汲田伸一郎主任教授も、「島津なくしては放射線医学の発展はなかったかもしれない」と語っていた。

 

村上龍が編集後記に書いた、「島津製作所が、もし短期的な金儲けに走っていたら、日本を代表する京都の企業群は誕生していないかも知れない」という言葉に深く納得した。(ライター:okei)

 

出典

次回予告 | カンブリア宮殿:テレビ東京

 

 

■島津製作所の家訓

 島津製作所 二代目 島津源蔵の訓話

 

事業の邪魔になる人 

第1条 「職務に忠実でない人」 

    自分の仕事を天職であると心得て、仕事に精進することが、自分に対しても、国家、

    社会に対しても、それが忠義となる。 このことを知らない人は、成長もない。

 

第2条 「協調性のない人」 

    皆で協力して、仕事をやろうとする心根のない人。

    そのような人は、チームワークを乱すことになる。

 

第3条 「我がまま勝手な人」 

    上司、先輩の教えや周囲の忠告を意に介しない我がまま勝手な人。

 

第4条 「感謝の念のない人」 

    恩を受けても感謝しない人。恩は漢字で書くと、「因」の「心」であるが、

    自らが存在する「因」となる、親、師、社会の恩を理解しない人は、

    他人の思いやりも理解できず、その行為にも感謝できない人である。

 

第5条 「利己主義の人」 

    自分のことのみ考え、周囲の人のことを考えない自分勝手な人。

 

第6条 「損得で物事を考える人」 

    何事も金銭で評価し、自分にメリットがなければ、何もしない人。

 

第7条 「諦めの早い人」 

    少しのことでも辛抱我慢ができず、仕事をさせても最後までせずに、

    途中で放棄して、すぐに諦める人。

 

第8条 「反省しない人」 

    自分がした仕事を振り返って考えたり、改めようとしない、やりっぱなしの人。

 

第9条 「注意散漫な人」 

    注意が散漫で、自分がした仕事の検証をせず、また、より良い結果を出すために

    本を読んだりして、自らの知識の向上を考えない人。

 

第10条 「威張る人」 

    自分の仕事に熱心でなく、勉強をして実力を向上させようとする思いもなく、

    ただ、口先だけで自分の力を誇示しようとする人。

 

第11条 「夫婦仲の悪い人」 

    夫婦仲良くできない人。

 

第12条 「緩急の区別ができない人」 

    物事の重要性の判断だけでなく、その仕事は早くするべきものか、後に回しても

    良いものかどうか緩急の判断ができない人。

 

第13条 「工夫しない人」 

    仕事をしても、これで良いのかと反省し、改良するにはどうすれば良いかなどの、

    工夫をしない人。

 

第14条 「国家社会への犠牲心のない人」 

    人は、自分だけでは生きていけない。自分が存在するのは、国家社会のお陰であると

    考えて、国家社会のために何か役立つことをしようと心掛けない人。

 

第15条 「明日に延ばす人」 

    今日できることをせずに、明日に延期する人。 

 

家庭を滅ぼす人

 

第1条 「お陰を考えない人」 

    人は、自分だけでは生きてはいけない。自分や家族が存在するのは、国家社会の

    お陰であると考えることのできない人。

 

第2条 「敬うことを知らない人」 

    長幼の序を知らず、両親や兄妹を敬うことができず、夫婦仲良くできない人。

 

第3条 「立場をわきまえない人」 

    身分に応じた生活ができず、自分の立場をわきまえない人。

 

第4条 「不平不満を言う人」 

    反省も感謝の念もなく、自分の能力を知ろうとせず、自己顕示欲が強く、

    いつも自分が一番偉いと思って、不平不満を言う人。

 

第5条 「相互扶助精神のない人」 

    助け合いの精神のない人。

 

第6条 「嘘を言う人」 

    失敗すると、言い繕ったりする自分勝手な人。

 

第7条 「無駄を知らない人」 

    不急不要なものを衝動買いしたり、しなくてもよいことに無駄な時間を費やす人。

 

第8条 「実力養成をしない人」 

    夜更かしや朝寝坊をしたりして、自分を向上させようとする心がない人。

 

第9条 「勇気のない人」 

    失敗は誰にでもあるのに、失敗したからといって落ち込み、立ち直ることのできない人。

 

第10条 「非礼な人」 

    人の道に反することをわきまえず、失礼なことを平気でする人。

 

第11条 「研鑽できない人」 

    一日一日を大事にして、研鑽に励むことが、出世の糧になることを知らない人。

 

第12条 「親切心のない人」 

    自分があるのは、上司先輩のお陰であるのに、先輩を軽視し、

    先輩にしてもらったことを後輩にしない人。

 

第13条 「他人の悪口を言う人」 

    自分のことを棚に上げて、他人の悪口を言い、他人との争いを好む人。

 

第14条 「秩序を守れない人」 

    社会のルールや職場のルールを守ることのできない人。

 

第15条 「感謝の念のない人」 

    今日一日、自分が無事であったことの感謝ができない人。

 

ーーーー後書ーーーー

 

以上の30か条は、いずれも世の中の道理を示すものであって、このことを十分に理解し、実行すれば、

 

仕事において、独特の技量を発揮して、その職場になくてはならない人になり、自らの人格を向上させるだけでなく、円満な性格が育ち、周囲に尊敬され、愛される人になり。

 

このことによって、自らを成長させ、国を富ますことにもなり、人間としての三大義務を完成させることができる。

 

 

以上のようなことであるのに、この訓話が書かれたレジメを読んでも、

文字を追っているだけで、書いてあることの本来の主旨を理解できず、

 

あるいは、ただ知識として知っているだけで、

 

この教訓を一生懸命に実行しようとする熱意のない者は、

必ず自分だけでなく、自分の家庭までも破滅させることになる。

 

 

日本を代表する発明家の言葉というだけでなく、事業経営上の教科書、我々の人生においても、

参考となる極めて含蓄のある内容である。

 

自分の生き方と照らし合わせて見ても、心に突き刺さるものがある。

 

田中耕一氏は、2002年に、「生体高分子の固定及び構造解析のための手法の開発」で日本人12人目のノーベル化学賞を受賞された。

彼は、その年の12月8日のストックホルムでの受賞記念講演で、

 

「私の受賞は一人の天才や優秀な人物によって成し遂げられたのではありません。

 四人の同僚がいなければ実現しませんでした。

 

 チームワークの勝利です」と話されている。この言葉こそが、二代目源蔵の訓話の中にある「共同一致の融和心のある人」であり、「事業に必要な人」である。

 

 

田中氏のその後の講演を聞いても、田中氏こそが、二代目島津源蔵が一番望んでいる社員であろう。

二代目源蔵が存命ならば、どんなに喜ばれたであろうか。

 

企業関係者は、二代目源蔵の言葉を正しく理解し、企業活動において

協働することの重要性を認識する必要性があるのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田中 耕一さん

ソフトレーザーによる質量分析技術の開発で文化功労者、文化勲章、ノーベル化学賞を受賞。受賞以降も、血液一滴で病気の早期発見ができる技術の実用化に向けて活躍中である。

株式会社島津製作所シニアフェロー、田中耕一記念質量分析研究所所長、田中最先端研究所所長。東京大学医科学研究所客員教授、日本学士院会員等にも就任している。

 

受賞に伴う騒動と余波

 

会社で電話により受賞の報が伝えられたとき、「Nobel」「Congratulation」という単語を聞きながらも似たような海外の賞と思ったり、同僚による「びっくり」(ドッキリカメラの意)と思っていたりしていた。その後会社の隔離室に移動させられ、午後9時から報道陣が大挙して押し寄せた会見に臨むことになった。急な話だったので、背広の用意もヒゲを剃ることもできなかった。なお、普段から白髪を染めていたが、受賞発表の1週間程前に床屋で染め直していた。

 

田中は鉄道好きで、電車(京福電鉄嵐山線(嵐電))の運転席を眺めながら通勤することを日課としていたが[20]、その晩は家に帰れず、タクシーでホテルに向かった。受賞を実感したのは翌日の新聞で自分の顔を見てからと語っている。また、ノーベル賞受賞後の上京時には、島津製作所からの出張費の関係で乗車できなかった500系新幹線のグリーン車に乗れて嬉しいと記者団に答えた。 多くの講演やインタビューを受け、研究や技術者としてのあり方について自身の経験と持論を語った。内閣府の総合科学技術会議にも参加し、日本の科学政策に影響を与える存在にまでなっている。

 

なお、ノーベル賞の授賞式の後は単独でマスメディアに出ることはほとんどなかったが、2010年(平成22年)10月6日に鈴木章・根岸英一のノーベル化学賞受賞が決まった際には勤務先で会見に応じ、発表の生中継を見ていたことを明かした上で、「受賞から8年経ち、次々と受賞者が出てきて、私自身、肩の荷を下ろすことができるのかと思う」と述べた。

 

田中耕一とマスメディア

 

田中耕一の七三分けの髪型に作業服という外見、一介のサラリーマンでお見合い結婚という経歴、穏やかで朴訥とした言動(ノーベル賞受賞の会見も落ち着くという理由で島津製作所の作業服で行った)は非常に多くの日本人の共感を呼び、連日連夜、マスメディア関係者が田中を追いかけ、インタビューをする。ワイドショーも騒ぐ。まるで芸能人のような扱いを受け、「いいひと」と大衆からの人気を得る。なお、NHK から、この年の紅白歌合戦に審査員として出演依頼されたが、「私は芸能人でも博士でもありません。」と辞退している。

 

当時国内外ともに明るいニュースが無かったため、田中の功績は大々的に取り上げられ、職人気質で物欲・出世欲・金銭欲が無い謙虚な人間性も皇室、財界、政界、学界、マスメディア、一般人など非常に広い世界で好意的に受け止められる。温厚な人柄で「善人の代名詞」とまでマスメディアは持ち上げたが、連日連夜の記者の追いかけと、一人歩きする聖人のようなイメージに悩んだと打ち明けている。

 

青色発光ダイオードの製法についての中村修二と日亜化学工業の訴訟については、田中耕一が引き合いに出されて、中村修二は貪欲であるという非難がなされたが、これについて田中耕一は、「自分の発明は会社の売り上げにあまり貢献しなかった」と状況が全く違うとして、中村修二を擁護する発言をしている。なお、島津製作所からの特許報酬自体は1万円程度であったが、実際は売上や技術貢献に対する社内表彰があり、数10万円相当の報酬を受けていた

 

 

 

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