日本橋1丁目1番町 巨大問屋「国分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国分グループ本社株式会社(こくぶグループほんしゃ)は、東京都中央区に本社を置く、酒類・食品の卸売会社、専門商社。K&Kの登録商標で知られる。

 

創業当時は醤油の製造・卸売業者であったが、明治以後は専門商社に専念した。現在、食品総合商社としてはグループ会社と経営統合し規模を拡大した、三菱商事系の三菱食品や伊藤忠商事系の日本アクセスに次ぐ全国3位の売上高を誇る

 

1712年(正徳2年) - 現・三重県松阪市射和町出身の呉服屋であった四代目・國分勘兵衛宗山が常陸国土浦に醤油醸造工場を設け、「大國屋」の屋号で開業、同時に江戸日本橋本町に店舗を開設する。 1880年(明治13年) - 醤油醸造業を廃止し、広く食品販売を業とする問屋に業種転換

 

売上高 連結 1兆5,667億円

単体 1兆4,687億円     (2013年12月期)

従業員数 4789人

 

(参照:財界さっぽろ) 

http://www.zaikaisapporo.co.jp/interview/%E3%80%8C%E5%8D%B8%E3%81%AB%E3%81%93%E3%81%A0%E3%82%8F%E3%82%8A%E3%80%81%E9%A3%9F%E3%81%AE%E6%B5%81%E9%80%9A%E9%9D%A9%E6%96%B0%E3%82%92%E6%8E%A8%E9%80%B2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%8D

 

 

 

國分勘兵衛 国分 代表取締役会長兼社長(12代目) (こくぶ・かんべえ)

 

1939年4月27日生まれ。兵庫県出身。62年慶應義塾大学商学部卒業。同年味の素入社。67年国分商店(現・国分)入社。77年副社長、91年社長、92年5月「12代目國分勘兵衛」を襲名。2003年3月から現職。 国分は2012年に創業300年を迎える。食品卸売業のトップ企業として、業界を常にけん引してきた。一歩先を行く経営は、同業他社の手本となっている。

 

12代目当主となる國分勘兵衛代表取締役会長兼社長に、経営哲学について聞いた。

 

――食品卸売業界の先頭を走り続ける経営の秘けつは。

國分 優秀な人材がいたことに加え、時流に合わせ環境の変化に対応しながら、お得意様のために機能してきたことが、今日につながったのではないかと思います。

 

――具体的には。

國分 当社は江戸時代には醤油の醸造業をやっていました。物品販売業に変わったのは明治以降です。昔 の問屋業はコメは米問屋、お酒は酒問屋と商品別に扱う会社が決まっており、商品が違うとなかなか取り扱うことができなかった。そのため、最初は醤油の問屋 からはじめ、その後、明治以降に入ってきたビールを手がけたり、味の素やカルピスと一緒に仕事をしたり、当社商標ブランドのK&K商品を立ち上げたりと、 いろいろと新しいことをやりました。一方で他の専門問屋が扱っていた商品を少しずつ取り込み、現在のフルライン的な形の品ぞろえにしていったわけです。

 

――明治時代から革新的な経営をしてきたわけですね。

國分 そのころ経営にあたっていた先人や社員が、一体になって苦心し、いろいろ考えながらやってきた結果です。 当社は学卒の人材を採ったのも早いほうですし、コンピューターを会社のツールとして取り込んだのも一番早かった。お得意様も栄枯盛衰がありますし、いろんな業態変化があります。その変化に合わせていろいろ対応してきたということです。

 

――現在、進めている、長期経営計画「アドバンス300」について教えて下さい。

國分 創業300年に向け、強固な経営基盤を確立しようということを中心にしています。社是として「信用」、企業理念として「継続する心、革新する力」を掲げています。 私たちは食を通じて、心豊かなくらしをお届けします。“問屋”であることにこだわり続け、新たな流通革新に挑むため、卸機能と人材の強化を推進していき ます。最終的には国分と取引して良かった、国分で働きたいという「国分ブランド」の確立を図っていきたいと考えています。 今回の「今月の顔」は、国分株式会社社長、国分勘兵衛さんです。正徳2年(1712)に江戸で創業して以来、290年の歴史を刻み、環境の変化・時代の変遷を的確に見極め、良い品をより安く消費者にお届けすることに徹してきた国分株式会社。平成4年5月、12代目国分勘兵衛に改名し、代々受け継いできた問屋業、また、K&Kブランドとしての製造業に加え、新たにコンビニエンス系のチェーンビジネスにも鋭意邁進されている社長の現在のお考えをお聞かせいただきました。

 

(参照:東京中央ネット

http://www.tokyochuo.net/issue/face/past_data/0201_kokubu/0201_kokubu.html

 

ーー正徳2年代々受け継がれている指針・家訓はおありでしょうか。  

 

国分 江戸から明治、大正、昭和を経て平成へと、さまざまな時代や環境の変化に対応しながら長い歴史を刻んできました。その中で、商売の細部にいたるまで受け継いできたものもあります。また現在、産業構造全体を見直す一大転換期を迎えるなかで新たに生み出される指針も多くあります。

 

それらをすべてお話しすることはできませんが、一言で表現するとすれば、「信用」という言葉に集約されるでしょう。

 

信用さえあれば、人も、物も、そして最も重要な情報も入手することができます。ですから、国分では創業以来、信用第一ということを大切にして商売をやっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■江戸時代からの伝統 日本スタンダード「問屋」という商い

 

浮世絵に描かれる江戸時代の風景は、当時の賑わいを今に伝えてくれます。

画像は、お江戸日本橋。橋の向かいには、多くの蔵が立ち並んでいることが分かるでしょうか?

トラックや電車のない江戸時代、物流は、川や運河が担っていました。とくに100万もの人口を抱えていた江戸には、衣食住、すべての物品を運び込む必要があります。

日本橋は、当時の物流基地であり、全国から集められた産品を集積し販売する「問屋」が存在していました。

現在でも国分をはじめ多くの問屋が営業しています。

 

問屋という呼称が一般的になったのは江戸時代に入ってからのことです。油・木綿・木材・生魚・干鱈などの問屋が発生していた。

大都市に安定した需要が生まれ、それぞれの商品の流通量が増加し、収拾過程と分散過程が長く多岐に渡るようになると,自然に商品毎の卸売業が発達することとなった。

 

 問屋の商売のやり方も変貌を遂げていた。初期には,各地の荷主から送られる依託荷物の引受・保管・販売に当たる荷受問屋だけだったが,元禄時代には,自分の裁量で,売れそうな品物を生産地に発注し,買い付けに出向く仕入れ問屋が増えていた。

 

仕入れ問屋は,生産者に前金を払ったり,産地に「買宿」と称する仕入れのための出張所を設けるなど,生産者の取り込みでも競争した。その結果,古い荷受問屋に留まった店は衰退を余儀なくされ,仕入れ問屋が,今日まで繋がる問屋の形として,市場に誕生したのである

 

現代のビジネスでいうならば、ヤフオクという場を提供するYahoo!Japanのような存在が問屋といって良いのかなと思います。 

問屋とはプラットフォームビジネスを行う存在だったのです。

 

 

問屋とは?

「問屋は、社会の血液」と言われています。

社会をそっとささえる裏方のような仕事ともいえます。

 

あなたの経営するお店が100メーカーの製品を売っているとしたら100社分の口座を開き(100社からの請求書を照合し、100社に入金しなくてはいけませんので経理部員がそれだけ必要になります)

 

しかし2社か3社の問屋とお付き合いすればそれらすべての商品が一度の商談で入ってくるわけです。

問屋はあらゆるメーカーのあらゆる商品を一台のトラックに乗せて納品させます。50アイテムを入庫してもらっても、支払い口座は1本で請求書は1社分だけ管理すればいいわけです。

 

たとえばそれが大手小売店など大規模な店の場合には5000社、1万社からのメールを毎日チェックして毎日見積もりをチェックする仕事をすることになります。

経理部員は1万社からの電話を何十人かで帳簿管理を行い、相殺打ち合わせや計上ミスの確認に追われます・・・ 考えるだけで憂鬱です(*_*)

 

ハサミと問屋は使いよう。

一見、いらないような問屋の商いには、江戸時代から続く、商いの「知恵」が詰まっているのです

  

一部に根強い問屋の不要論も、メーカーの直販の優位性もある意味、その背景は同一であると認識しています。

アメリカでは、日本における「問屋」の商いは存在していません。これをもって、「遅れている」とされた時代がありました。アメリカでは日本でいうところの卸問屋は求め難く、メーカーの直販が常識です。

 

しかしアメリカ最大のスーパー、ウォルマートの本部には、売り上げ規模で換算すれば日本のほぼ20倍以上の人員をおいているそうです。日本では問屋が、長い歴史の積み重ねもあってそれこそ網の目のように配送網を張り巡らせていますが、アメリカにはそれがありません。

 

また日本の文化に根付いたコンビニエンストアーも、問屋があってこそ、成立する商いです

もはや生活にかかせなくなったコンビニ。たえずお客様のニーズにこたえるために、店舗には1日4回以上の配送便が現れ、お弁当や、飲料、タイムリーに商品を供給していきます。この奇跡の物流を支えるものの、「問屋」の機能です

 

ただし真の問屋機能を持たない問屋はもはや生き残れない時代で、実際、地方の問屋さんは次々に廃業をしていきます。また、一部のメーカーや大手小売は問屋機能の内製化を始めています。

 

江戸時代から続く「問屋」の歴史は、アメリカにはない日本スタンダードの歴史です。

そしてその歴史は、人々の生活をがっつり支える裏方の歴史でもあるのです。

 

 

 

 

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