京友禅 千總の家訓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一、「開物成務」 人のまだ知らないことを開発し、努力してそれを完成させること。

一、「美ひとすじ」 伝統の美に若い情熱と新たな感性を吹き込み人々を魅了する美しさを創り、提案する。

一、「三方良し」 企業の繁栄と社会、お客様、株主、お取引先、社員の幸福を目的としたこころ

 (千總 社訓)

 

 初代 千切屋總左衛門が、三条烏丸に法衣装束商を開いたのに始まり、その後、屋号と名前の一字を取った千總は、御所や宮家の御用のほか、友禅小袖を手がけて460余年。千總の友禅の美しさは格調高い繊細な色柄にあり、伝統は守ることではなく創ることだとする代々の経営思想のもと、素材の白生地・図案・下絵・色出し・友禅染にいたる一貫した生産から生まれています

 

千總は室町時代、京都室町三条にて法衣装束商として創業しました。

遠祖は奈良の宮大工で、春日大社の例祭である若宮おん祭に、「千切台」とよばれる威儀物(祭礼の威儀を増すために飾りつけられる諸具)を毎年製作し奉納しておりました。平安遷都にともなって京都へ移り、御所造営に携わったといいます。

宮大工をやめて法衣装束商の暖簾を掲げたのは弘治元年(1555)のこと。初代の千切屋与三右衛門は、ゆかりの千切台を商標として屋号は千切屋と名乗り、千切台を飾る花の一つである橘を家紋と定めました。

 

室町三条は本能寺や六角堂などの寺院に囲まれ、法衣商が軒を連ねる地でした。千總も東本願寺御用をはじめ、多くの顧客を得て、御装束師として商いを確立していきました。千切屋一門は隆盛を極め、江戸中期の元禄期には百余軒もの分家を擁すまでになります。


折しもそれは、友禅染が新しい染色技術として生まれ、世に流行し始めた時と重なります

 

明治期、天皇の東幸や周辺の公卿の東京移転、廃仏毀釈や閉鎖に追い込まれる寺などの社会の大きな変動の中で、京都の産業界は生き残りの模索を余儀なくされます。漢学者三国幽眠の息子・直篤は、養子となって十二代西村總左衛門となり、この大変動の窮地において、新しいビロード友禅などの技術によって新境地を開き、海外博覧会にも出品してその名を広く知らしめました。

 

昭和時代には、千總の技術への想いを伝えるエピソードがあります。

 

戦時、挙国一致体制が敷かれると、きものは贅沢品として製造と販売が禁じられ、これにより京都の染織業は大きな打撃を受けます。十三代西村總左衛門は、商いの行く末もさることながら、職人とその技術が失われることを何よりも恐れたといいます。技術保存資格者となるのが、それらを守る唯一の方法と知った十三代は、「西村總染織研究所」を設立するなど東奔西走の末、きわめて厳しい条件を満たして認定を取得。戦時中も染織品の製作を続けることが出来たのでした。

 

千總に残された当時の染織品は、十三代の意を汲んだ職人たちが、持てるものすべてを注ぎ込んだ様と、技術の継承にかかる老舗の重責というものを、静かに、しかし切々と語りかけてきます。

 

■千總の家訓

 

延亨2年(1745)千切屋治兵衞家で定められた家訓には、

「家業を専らとし奢多を禁じまた幕府の法度や触について遵守するよう」

ともとめています。

 

特に重視すべきは第三条目です。

「商人は家来をあわれみ、家来は主人を大切に想い忠勤にはげむこと」

とあり現在にも通じます。

 

展示古文書に「取為替申し札之事」があります。これは、祇園講に関して取りまとめた規則を九条にわたって取りまとめたものです。

 

内容としては、千切屋一門が商事業を行う上での基本的なルールを記載しています。なかに他家の参入を認めないなど一面では排他的ではありますが、千切屋一門の結束を固める上では有効な制度です。

 

これらの展示古文書から見えてくる千切屋の460年にわたる歴史は、営利行為のみによって築き上げられたものではなく、朝廷や幕府、町という京都の伝統的な秩序と、そして蓄積された様々な文化を密接に関連させることで可能となる、まさに京都

 

 現在の千總の社訓

一、「開物成務」 人のまだ知らないことを開発し、努力してそれを完成させること。

一、「美ひとすじ」 伝統の美に若い情熱と新たな感性を吹き込み人々を魅了する美しさを創り、提案する。

一、「三方良し」 企業の繁栄と社会、お客様、株主、お取引先、社員の幸福を目的としたこころ

 

 

 ■日本人と和服 

 

和服(わふく)とは、日本在来の衣服のこと。近年では日本における民族服ともされる。着物(きもの)ともいう。

 「着物」は、私たちが普段着ている洋服に対することばとして、和服=着物として用いられることが多く、また「着物(きもの)」ということばは、国際語「kimono」として世界に通用します。

 

着物は、長い歴史の中で受けつがれ、育まれてきた世界に誇れる「日本の伝統文化」です。 

近年日本では、洋服が一般化していますが、今日もなお、着物が愛され続けているのは「美しい」という理由だけではありません。

 

着物は、日本の生活や文化にとけこみやすく、日本人の体型や顔立ちによく映り、また、四季のある日本の気候風土にも適しているからです。着物を「ファッション」としてとらえることもよいですが、歴史をたどり着物の移りかわりを知ることで、今までと違った着物が見えてくるのではないでしょうか。

  

とにかく手間がかかる京友禅の世界 

 

友禅染は、世界に類を見ないほどに優れた染織技術の最高峰です。

高いものでは、数千万円もの価格がする振袖には、それだけの手間と歴史、そして「価値」がつまっているのです。

 

その美しい作品は、各工程の専門家による完全な分業制で作られています。最高のオーケストラ演奏が、各楽器の一流の演奏者により生み出されるように、友禅染の各工程でも、最も適した高い技術を持つ職人を選んで製作しています。

 

京友禅にかかわる卓越した技術を持つ職人は、多くが60歳以上の方で、昔から伝わってきた最高の技術は、職人の減少・高齢化で徐々に失われつつあります。なかには、数年後にはなくなってしまう技術もあり、その継承はのっぴきならない課題です。

 

現在、日本では、着物だけでなく、衣食住のすべてで西洋化がすすみ、古くから伝わる日本文化は風前のともしびという状況です。

世界第二位の経済大国となった日本、しかし豊かになったはずの日本で、手間をかけた職人の仕事を評価できる「目」が、失われています

 

素晴らしい腕を持つ職人の力を発揮できる場を提供するためにも、粋(いき)で、豊かな目をもった人間を育てなければいけません。 

 

 

 

 

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