本田味噌本店 家訓

 

 

 

 

 

 

 

 

天保元年(1830年)。本田味噌本店の起源は、今から凡そ180年前。 初代・丹波屋茂助が禁裏御所のご用命を受け白味噌と赤味噌を献上したのが始まりです。 以来、腕に覚えの麹づくりの技で滋味まろやかな京の味噌を守り続けています

 

(参照:本田味噌本店HP) 

http://www.honda-miso.co.jp/un_history.html

 

 

 

 創業 

本田味噌本店の創業は江戸時代天保元年。今より凡そ200年前にさかのぼります。もと丹波杜氏の当家初代・丹波屋茂助が、腕に覚えの麹づくりの技を見込まれ、宮中のお料理用に味噌を献上したのがはじまりです。

 以来、禁裏御所御用達としてもっぱら宮中にお納めをしておりましたが、明治維新のころより一般にも商いを広げてまいりました。当時、江戸を「東京」と呼び、京都を西の京、すなわち「西京」とも呼んだことから、当社の味噌を西の京の味噌、「西京味噌」と命名し、広く親しまれるようになりました。

  

現在 

銘醸「西京白味噌」京にあり。

 

「味噌屋といえる商売せい」

—代々伝えられてきたこの鉄則をもとに、身近に楽しめる“うまい味噌”を提供するのが我々の使命です。時代に応じた新しい商品の開発にも力を入れています。

 また、平成8年8月には京都府綾部市に最新設備を導入した新工場「丹波醸房」を開設しました。味噌づくりで重要な麹づくりや熟成工程の温度管理も自動プログラムで行えます。

 しかし、味噌づくりに職人の勘や経験が必要でなくなったわけではありません。季節によって細やかに変化する醸造のプログラムには、今まで培った本田味噌本店の経験が十分に生かされています。その上、最終的な仕上がりを判断するのは職人の目。決して妥協は許されないのです。

 

 

 ■老舗企業と家訓の関係

 

老舗企業が多く集まる京都には、「暖簾(のれん)を守る」文化があります。

 

暖簾を守るとはお客様をはじめとする利害関係者からの信頼を獲得し、維持することです。老舗も事業を遂行していくにはお金が必要です。しかしながら、お金儲けを第一の目標とするのではなく、お客様からの信頼獲得・維持の結果としての利益・儲けと捉えています。短期的な儲けを追いかけるのではなく、永くお客様と付き合うことを大切にしているのではないでしょうか?

 

また多くの老舗には、「当たり前なこと」をせよとの教えも多く見受けられます。これは、家訓という形式をとらなくても代々口伝えされている逸話やフレーズなどもがあるようです。それぞれの老舗で文面や事例は異なりますが、その中身は倹約を心がけるとか、身の丈を知るとか、品質を最優先しなさいというメッセージが託されています

 

■本田味噌本店 家訓

 

西京白味噌で有名な本田味噌本店の本田茂氏からお話では、代々、「味噌屋といえる商売せい」という鉄則が伝わっており、更に次のような家訓が守られてきたということです。

 

一、商いを専らにし、他に金子費やすべからず。

 

一、家は財なり。家の子宝なり。愛で慈しむべし。

 

一、国事犯の輩と交わるべからず

 

第一条では、自らの商いに全力を尽くし、財テクや遊蕩などに資金を注ぎ込んではならないと述べています。第二条は、私としての「家」ではなく代々引き継いできた事業の中心となる公としての「家」を一番大切な財産であるとしています。更に、家の子は従業員のことをいい、従業員を家族同様に大切にしなさいという教えです。第三条は、幕末の動乱期を想像されるとご理解いただけると思いますが、京都の市中に徘徊していた新撰組や討幕派の浪人との付き合いを戒めています。

 

 

 

  

 ■ご購入はこちら 

大人気・家訓ブログが本になりました!

 書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

出版社: セルバ出版

価格 : 1,600円+税

 

URL  : http://www.amazon.co.jp/dp/4863672063