魯山人の名言

 

 

 

 

 

 

  

『低級な人は低級な味を好み、低級な料理と交わって安堵し、また低級な料理を作る』

 

 

 

北大路 魯山人(きたおおじ  ろさんじん)

生誕:1883年(明治16年)3月23日 

死没:1959年(昭和34年)12月21日)

 

日本の芸術家。晩年まで、篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家などの様々な顔を持っていた。

美味しんぼの海原雄山のモデルとしても有名な魯山人。美味しんぼの「美食倶楽部」は魯山人の立ち上げた同名の食堂が由来。

 

魯山人は母の不貞によりできた子で、それを忌んだ父は割腹自殺を遂げた。生後すぐ里子に出され6歳で福田家に落ち着くまで養家を転々とした。この出自にまつわる鬱屈は終生払われることはなく、また魯山人の人格形成に深甚な影響を及ぼした。

 

6度の結婚はすべて破綻、2人の男児は夭折した。娘を溺愛したものの長じて魯山人の骨董を持ち出したことから勘当し、最晩年にいたっても魯山人の病床に呼ぶことすら許さなかった。その一方、家庭の温かみに飢えていた魯山人は、ラジオやテレビのホームドラマの何気ない会話、微笑ましい場面によく肩を震わせ涙を流して嗚咽したという。

 

美食家として名を馳せた魯山人は、フランス料理の外見偏重傾向に対しても厳しく、渡仏の際に訪れた料理店で、「ソースが合わない」と味そのものを評価し、自ら持参したわさび醤油で食べたこともあった。

 

つねに傲岸(ごうがん)・不遜・狷介(けんかい)・虚栄などの悪評がつきまとい、毒舌でも有名。柳宗悦・梅原龍三郎・横山大観・小林秀雄といった戦前を代表する芸術家・批評家から、世界的画家・ピカソまでをも容赦なく罵倒した。この傲慢な態度と物言いが祟り、1936年(昭和11年)に星岡茶寮から追放されてしまう。逆にその天衣無縫ぶりは、久邇宮邦彦王・吉田茂などから愛されもした。

 

 気難しい人物で、晩年魯山人の家で働いていたお手伝いさん曰く「風呂から上がると、決まった時間にキンキンに冷えたビールがさっと出てこないと満足できない方だった。それができなくて叱られ、辞めていったお手伝いさんを何人も見た」とのこと。

 

 

 

 

■リアル海原雄山 魯山人の名言集

 

 ・どうせ私どもはとか、われわれ階級はとか、直ぐみな言いますが、あれがそもそも悪いんですね。自分から卑下するなんて、そんな馬鹿な事がどこにありますか。あんな事を平気で言っているのを聞くと、腹が立って来て殴りたくなりますね。自分の尊いことを知らないで何が出来ますか。

  

・書でも絵でも陶器でも料理でも、結局そこに出現するものは、作者の姿であり、善かれ悪しかれ、自分というものが出てくるのであります。一度このことに思い至ると、例えばどんなことでも、他人任せということはできなくなります。全くほんとうのことが判って来ると、恐ろしくて与太はできないのであります。

 

・料理は自然を素材にし、人間の一番原始的な本能を充たしながら、その技術をほとんど芸術にまで高めている

 

・料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります。

 

・いいかね、料理は悟ることだよ、拵(こしら)えることではないんだ

 

・味に自信なき者は料理に無駄な手数をかける

 

・低級な人は低級な味を好み、低級な料理と交わって安堵し、また低級な料理を作る。

 

・われわれはまず何よりも自然を見る眼を養わなければならぬ。これなくしては、よい芸術は出来ぬ。これなくしては、よい書画も出来ぬ。絵画然り、その他、一切の美、然らざるなしと言える。 

 

・鳥のように素直でありたい。太陽が上がって目覚め、日が沈んで眠る山鳥のように……。この自然に対する素直さだけが美の発見者である。 

 

・食器は料理の着物である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■「食器は料理の着物である」

 

2014年和食がユネスコ無形文化遺産に登録されました。魯山人は、陶磁器はもちろん、書や絵画、漆器など手がけた独創的な世界を展開した芸術家です。そして一番の特徴は、「器は料理の着物である」との名言のとおり、最高の食器に最高の食材。そして最高の環境を提供することにこだわった点です。

 

魯山人が意識したのは、昔の日本人の生き様です。

「とにかく、かつての日本人の衣食住は、すべて立派であった。国外に遠慮するものあったら、それは間違いだ。」

との言葉をのこしています

 

室町時代、世阿弥は美しい・面白い・珍しいことを「花」と呼びました。 世阿弥は「住する所なきを、まず花と知るべし」と言ってます。
衣・食・住のすべてに「花」をもつことは、人生を豊かにしてくれます。

「花」とは贅を尽くすということでなく、ちょっとした心遣い、そして、食べてくれる人を楽しんでもらう、驚いてもらおうとする心を指すものです。

 

西欧美術は、着飾ったものが多く、普段遣いの食器や生活の中に美を求める作品はごくごく稀な存在でした。

反対に、日本の美術史は、生活に根差したものが多いのが特徴です。

 

画像は見事な染付をされた魯山人の作品です。

いまは美術館に所蔵されている魯山人の器も、元々は料理を盛るための器(着物)として製作されたものです。仏をつくって魂いれずとの諺があるように、料理を盛らない器に何の価値があるのか?毒舌家としても知られた魯山人は、そんな皮肉をこめ、作陶家、料理家という枠をとびこえ様々な挑戦をしていきました。

 

あなたはあなたの食べたもので出来ている

あなたが食べているものが貧相ならば、あなたという人間が貧しいということなのではないでしょうか?

たとえ、コンビニの弁当であっても、綺麗な器にもったり、盛り付けに気を配れば、そこに「花」が生まれます

食事は栄養をとるチューブではない。そこに器があり、なにより一緒にたべる家族や仲間との団らんや笑顔があるべきです。

 

孤高のアーティスト魯山人は、食と器と空間を演出したアーティストでした

そして、その存在は、いまだに越せない唯一無二の存在なのかもしれません。

魯山人は自らの選んだ修羅の道をこう評しています

 

・富士山には頂上があるが、味や美の道には頂上というようなものはまずあるまい。仮にあったとしても、それを極めた通人などというものがあり得るかどうか

 

頂上があるかどうかも分からない孤高の戦いをつづけた魯山人。

その死は、誰がみても危ないタニシをたべて、やっぱり食中毒にかかり命をおとしたトホホなものです。でも、魯山人は食べてみたかったんだろうな~ 命をかけて食に捧げた人生、あっぱれです^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ■著者 幡谷哲太郎(はたやてつたろう)氏 経歴

茨城県水戸市生まれ。日本青年会議所「徳溢れる心醸成会議」に所属中に家訓づくりを始める。 家訓づくりを広める活動を「家訓ニスト」と命名し、全国160カ所以上、7,000人の受講者に対し、家訓づくりのセミナーを開催。セミナー後に、「家訓を作り、家族での唱和を実践した」という家庭の100%が、「家族に変化があった」と回答するなど、大きな変化を与えている。 セミナー開催数、受講者数、WEBアクセス数、いずれも日本一の実績(協会調べ)を誇り、自他ともに認める家訓づくりのスペシャリスト。現在は、明るい豊かな社会の実現のため、家訓ニスト協会(仮)を立ち上げ、ノーベル平和賞受賞をめざし活動を広げている。