稲盛和夫 「敬天愛人」

 

 『敬天愛人』

(京セラ 社是より)

常に公明正大 謙虚な心で 仕事にあたり 天に敬い 人を愛し 仕事を愛し 会社を愛し 国を愛する心

 

 

 

稲盛 和夫(いなもり かずお)

生誕:1932年1月21日

 

日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。公益財団法人 稲盛財団理事長。日本航空名誉会長

 

1932年鹿児島県鹿児島市薬師町に7人兄弟の二男として生まれる。父は印刷工場を経営していた。高校時代は空襲で生活苦に陥った家計を助けるため、紙袋の行商をして生活費を稼いだ。後にこの体験がその後の事業の原点になったと語っている。

1955年鹿児島県立大学工学部を卒業後、教授の紹介で松風工業に入社するも、倒産寸前で退職が相次いでいる会社であったた。1959年、社員8人で京都セラミツク(現京セラ)を設立し、ファインセラミックスの技術で成長していく。1984年には第二電電 (DDI) を設立(後にケイディディや日本移動通信と合併し、今日のKDDIとなる)。その独特な経営管理手法は「アメーバ経営」と呼ばれる。

 

2010年1月に日本航空 (JAL) の代表取締役会長として日航再建に取り組むよう、首相(当時)の鳩山由紀夫から要請され、2月1日から、JALの会長を無給で務め、2012年に会社更生法の適用から2年で営業利益2000億円というV字回復を果し、見事に建て直すことに成功した

 

■京セラとは

京セラ株式会社(きょうセラ)は、京都府京都市伏見区に本社を置く電子機器、情報機器、通信機器、太陽電池、セラミック、宝飾(クレサンベール)関連メーカーであり、国内大手企業である

 

売上高  :連結1兆5,265億円(2015年3月期)

営業利益 :連結934億円

従業員数 :連結68,185名

 

(京セラHPより、稲盛名誉会長のメッセージ)

 京セラは、資金も信用も実績もない小さな町工場から出発しました。頼れるものは、なけなしの技術と信じあえる仲間だけでした。会社の発展のために一人ひとりが精一杯努力する、経営者も命をかけてみんなの信頼にこたえる、働く仲間のそのような心を信じ、私利私欲のためではない、社員のみんなが本当にこの会社で働いてよかったと思う、すばらしい会社でありたいと考えてやってきたのが京セラの経営です。

人の心はうつろいやすく変わりやすいものといわれますが、また同時にこれほど強固なものもないのです。その強い心のつながりをベースにしてきた経営、ここに京セラの原点があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■「敬天愛人」とは?

 

「敬天愛人」とは、西郷隆盛が終生、自己修養の目的とし、好んで使っていた言葉です

西郷さんと同じ薩摩出身の稲盛和夫をはじめ多くの経営者が社是、座右の銘として用いています。

 

 『南洲翁遺訓』の第二十四にこうあります。

 

「道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は我も同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也。」

(現代訳)「道というのはこの天地のおのずからなるものであり、人はこれにのっとって行うべきものであるから何よりもまず、天を敬うことを目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である。」

 

 

「敬天愛人」と西郷隆盛

 ある日、陸軍大将であった西郷が、坂道で苦しむ車夫の荷車の後ろから押してやったところ、これを見た若い士官が西郷に「陸軍大将ともあろう方が車の後押しなどなさるものではありません。人に見られたらどうされます」と言いました。すると、西郷は憤然として次のように言い放ったといいます。

 

 「馬鹿者、何を言うか。俺はいつも人を相手にして仕事をしているのではない。天を相手に仕事をしているのだ。人が見ていようが、笑おうが、俺の知ったことではない。天に対して恥じるところがなければ、それでよい」

 

 他人の目を気にして生きる人生とは、相手が主役で自分は脇役です。正々堂々の人生とは、真理と一体になって生きる作為のない生き方です。天とともに歩む人生であれば、誰に見られようとも、恥をかくことはありません。   

 

西郷隆盛は、志士や英雄の闊歩した明治維新のなかでも特に人望のあった日本人でした。

人を愛する西郷さんは、味方はもちろん、戊辰戦争で敵方であった勢力にも、大変慕われていました。

 

新政府軍に敗れた庄内藩士らは、厳格な処罰が下ることを覚悟していたのですが、西郷さんの指示により極めて寛大な処置がなされ、そのことに非常に感激したそうです。明治の時代に入り、西郷さんを訪ね教えを請う庄内藩士がいた程です。西南戦争の際には、庄内藩からの留学生2名が薩軍に参戦し戦死しました。

 

西郷さんは、日本史上最も清廉誠実な英雄であり、仁愛の人であったと言われています。

実は、「敬天愛人」の逸話を記録した『南洲翁遺訓』は、この庄内藩士たちが遺徳をたたえ独自に編纂したものです。

 

「天を敬う」とは、「お天道様に恥ずかしくない生き方をする」こと

混迷する世の中にあって、人のために汗をかけること、そしてたとえ敵であったも「ひと」を愛することの大切さを「敬天愛人」の格言は教えてくれるのではないでしょうか?

また西郷さんは「実学」の人でもありました。言葉は人や、ときには時代を動かす力があります。しかし、その言葉に命を吹き込むものは、声ではなく、「行動」です。世にひろまる様々な名言や格言、そんなことは知っているよ!というのは簡単です。しかし、格言を胸に刻み「お天道様に恥ずかしくないよう」生きていくことは大変な信念が必要です

 

信念に従い最期は西南戦争を指揮し、不遇の死をとげた西郷さんでしたが、だれにも後ろ指をさされない「敬天愛人」の生き様は、稲盛和夫さんだけでなく多くの経営者に引き継がれ、いまも社会に生き続けています 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■戦後最大の経営破たん JALの落日

日本航空(JAL)は、2010年1月19日に会社更生法を申請して実質的に倒産しました。 負債総額は2兆3221億円で、事業会社としては戦後最大の経営破たんとなる。負債総額は2000年のそごうの1兆8700億円を抜いて事業会社として最大規模。 金融機関を含めても戦後4番目の大型経営破たんとなった。  

 

2010年1月に日本航空 (JAL) の代表取締役会長として日航再建に取り組むよう、首相(当時)の鳩山由紀夫から要請され、2月1日から、JALの会長を無給で務め、2012年に会社更生法の適用から2年で営業利益2000億円というV字回復を果し、見事に建て直すことに成功しています。

 

 

■稲盛が語る復活の理由

 

官僚よりも官僚らしいJALの企業体質

インタビューの中で、本人は「義侠心のようなもので」と語っていますが、友人、知人、家族は「失敗して晩節を汚すかもしれない。受けないほうがいい」と助言したというし、メディアにも「さすがの稲盛氏でも再建は難しい。JALは二次破綻もありうる」との見方が強かったものです。

 

 稲盛氏の経営手法とは、自身が人生について自問自答する中から生まれてきた哲学を、企業経営の基本に置き、組織全体に同じ意識を共有させるというものです。その哲学とは、一言で言えば「人間として正しいかで判断せよ」。臨済宗妙心寺派の僧籍を持っていることもあり、その言葉は生きる道を説く宗教者のようでもあります。

 

 果たしてこの手法がJALにも通用するかと懸念されたわけですが、見事に3万2000人の社員の意識を変え、1つにし、高めていくことで、わずか2年で高収益企業に生まれ変わらせました。

   

(参照:週刊ダイアモンド オンライン) 

http://diamond.jp/articles/-/37468  

 

京セラ、KDDIを創業し、日本航空では会社更生法の適用から2年で営業利益2000億円というV字回復をやってのけた。稀代の名経営者、稲盛和夫氏に改革の神髄を聞く。

 

──日本航空(JAL)の会長に就任した際、再建にはどの程度の成算があったのでしょう。

 

2009年の暮れ、政府と企業再生支援機構から、JALが会社更生法の適用を申請するので、その再建に向けて会長として就任してほしいという要請を受けました。正直言いまして、びっくり仰天して、「航空業界には何の知識も経験もありませんし、引き受ける気はありません」と断りました。

 

それでも、何回も言われて断り続けているうち、最後は、そこまで言われるのであればという義侠心みたいなものでお引き受けした。ただ、年も年なので週3日くらいで、その代わり無報酬でお手伝いしますと申し上げたんです。確信も自信も何もなかったです。

 

──再建の手法について、めどは立っていたのですか。

 

着任したらすぐに、海外のコンサルタントの方々が4、5社は来ましたかな。「われわれは米国で倒産した航空会社を再建した、非常に慣れている」と言って、いろんな手だての話をされる。

 

でも、その手段とか手法とかは立派そうに見えるんですが、どうも私にはピンとこなくて、全部お断りしたんです。

 

 私は、つぶれた会社は企業経営の根幹に何か欠陥があるんだろうと、まずは幹部連中に「経営とは会計学的な計数を見てするのが基本です。だから、いま現在JALはどうなっているのか、月々の決算を見たい」と言いました。

 

 そしたらまあ、3ヵ月も4ヵ月も前の決算が出てきた。それで、「当社には世界中に支店があって毎日1000機飛んでいる。各支店や空港の数字を集めて、本社の経理がそれをまとめるのだから時間がかかるのは当然です」とケロッとしている

 

何も知らないじいさん、それも田舎大学を出た無知な技術屋が突然来て、むちゃなことを言っているという表情をしているんです。並み居る幹部連中は皆、利発そうで、明らかに面従腹背という感じだった(笑)。

 

ですが私は「そんなのは経営なんかではありません」と、きつく叱った。私はパイロットの経験はないけれど、飛行機のコックピットには計器がいっぱいあって、その計器を全部見なければ安全に飛べないはずだろう、と。

 

──確かにかつてのJALは、官僚的なエリート集団の典型です。

 

一握りの経営幹部がすべてを指示して、組織がそれを守って実行していく。非常に硬直化した官僚的な組織だという印象を直感的に受けました。

 

 企業再生支援機構は当時、1万6000人くらいの希望退職を準備していた。しかし、それでも3万2000人の社員が残るわけですから、私はその雇用は確保しなければならん。二次破綻はさせられません。今までのような一握りの経営陣の連中に頼るやり方では再建できるわけがない。

 

──経営スタイルそのものを変えなければならない、と。

 

よく経営者は孤独だといわれるが、私も27歳で京セラをつくっていただいたとき、この会社をつぶすようなことになったら大変だと非常に心配だった。経営者になってみたら、いろんなことを自分で考え、決めないといけないのに、何の自信もない。そうすると非常に孤独感に陥るわけですね。

 

 そのときに私は、私と同じように経営について全身全霊で心配する“分身”のような人が何人かおってくれればいいのになと思った。孫悟空の話の中に、鼻毛を抜いてフッと吹いたら分身が出てくる。あんなふうに、私と同じ考え方、判断基準、価値観を持った分身が欲しい。だから、私の人間としての考え方をまとめて、みんなに話をしていった。そうやってつくったのが「フィロソフィ」です。 

 

 

それで大西賢くん(当時社長、現会長)に京セラのフィロソフィを渡して、これを参考にJALフィロソフィをつくってみてくれと言った。彼らは十数人で、2ヵ月くらいかかってつくり上げました。

 

 一方で、幹部社員を集めて私の哲学の話を始めました。「人間として何が正しいかで判断する」とか言うと、高学歴ばっかりの幹部連中は、非常に浮かぬ顔をしている。「そんなことはじいさんに言われんでも知ってるよ。子どもを諭すような道徳観を押しつけて……」と顔に書いてある。

 

「子どものころ、親や先生からも聞いたことがあるだろうが、それに基づいて日々の判断や行動をしているのか。それじゃ知っているうちに入りません。あんた方がバカにする子どもじみた道徳観みたいなのを、実行もしていない。それで大会社が経営できるわけがない」とカンカンに怒った。  

 

来る日も来る日も、みんなをとっ捕まえて叱っていたら、何の縁もゆかりもない年寄りが、給料ももらわず朝から晩まで必死でそんなことを説いているのが相当に迫力あったんでしょうな、そのうちに心を動かして、なるほどと思う人が出てくる。1人現れると、続いて2人、3人と出てきて、一気にフィロソフィが浸透していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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  ■著者 幡谷哲太郎(はたやてつたろう)氏 経歴

 茨城県水戸市生まれ。日本青年会議所「徳溢れる心醸成会議」に所属中に家訓づくりを始める。 家訓づくりを広める活動を「家訓ニスト」と命名し、全国160カ所以上、7,000人の受講者に対し、家訓づくりのセミナーを開催。セミナー後に、「家訓を作り、家族での唱和を実践した」という家庭の100%が、「家族に変化があった」と回答するなど、大きな変化を与えている。

セミナー開催数、受講者数、WEBアクセス数、いずれも日本一の実績(協会調べ)を誇り、自他ともに認める家訓づくりのスペシャリスト。現在は、明るい豊かな社会の実現のため、家訓ニスト協会(仮)を立ち上げ、ノーベル平和賞受賞をめざし活動を広げている。