「流鏑馬」小笠原流の家訓と礼法

 

 

 

 

 「家業を生業にしない」

 

流儀を教えた謝礼を生活の糧にすると、経済を考えて流儀を教えることになる。そうなると流儀の品格が卑しくなる。家業とは別に仕事をもつことは意義のあることです。妥協することなく、伝統の品位を継承できますから。また、『宗家』ということでいきなり教える立場になってしまったら、人として問題が出る

 

 

 

小笠原清基(おがさわらきよもと)

生誕:1980年

 

弓馬術礼法小笠原流31世小笠原清忠宗家の長男。3歳で稽古を始め、小学5年で鎌倉の鶴岡八幡宮で流鏑馬神事の射手を務める。大阪大を卒業後、筑波大大学院にて神経科学博士を取得。「家業を生業にしない」という家訓があり、現在は製薬会社にて癌の治療薬の研究を行い ながら、週末などを利用して流儀の継承につとめている

 

NPO法人小笠原流・小笠原教場 理事長、一般社団法人日本文化継承者協会 代表理事、日本女子体育大学弓道部 監督 他

 

小笠原流(おがさわらりゅう)は、武家故実(弓馬故実)、弓術、馬術、礼法の流派。また兵法、煎茶道、茶道にも小笠原流を名乗るものがある。礼儀作法の流派として知名度の高い流派であるが、本来的には弓術・馬術・礼法・軍陣故実などの武家社会の故実(武家故実)全般の流派である。

 

原型となったのは小笠原氏家伝の故実であり、室町時代中期以降、小笠原氏が武家社会における故実の指導的存在となったことから、同家の故実が武家に重んじられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■武家の礼法 

 

(参照:LEAFIA) 

http://www.odakyu-life.com/brand/life/column/index5.html 

 

 「小笠原流礼法」とは、鎌倉時代から一子相伝で伝えられてきた武家の礼法で、正式には「弓馬術礼法小笠原流」と呼びます。 

  

礼法の教えは「実用、省略、美」にあり

 

礼法とは何でしょうか。まずこの素朴な問いを清基(きよもと)さんに投げかけました。「その『形』に求められることは、『実用、省略、美』に要約できます。つまり、日常の行動として役に立ち、無駄なく、他から見て美しい立ち居振る舞いのことです」。なるほど、日々の暮らしのなかで美しい所作や作法が身についていたら、どんなに素敵なことでしょうか。

 

明治時代の教育者・新渡戸稲造は、二十八代宗家清務(きよかね)が記した『礼道の要は心を練るにあり』という教えに感銘したそうです。そう、美しい立ち居振る舞いは、「心を練る」からこそ生まれるのです。だからこそ、そこには単なる「型(鋳型)」ではない、「作法のこころ」が宿った「形」が生きています。

 

重心が身体の中心を通った美しい姿勢で、こちらをしっかりと見据えて、丁寧に応えてくださる清基さん。凛とした風格が漂います。800人の門人から「若先生」と呼ばれ、厚い信頼を得ているのも当然のことです。

 

 

「立つ」にも「歩く」にも正しい姿勢が求められる

 清基さんは、幼い頃、ここ世田谷区芦花公園近くの「弓馬術礼法小笠原教場」がある自宅で暮らしました。教場(稽古場)は、1960(昭和35)年に伊勢神宮と日光東照宮から運ばれたご神木で建てられた格式高い日本家屋です。

小学校に入学したばかりの清基さんの日常は、「朝6時の起床から始まった」そうです。

「祖父母、父母、私、姉二人、そして数人の内弟子という大所帯でした。私は、内弟子たちと一緒に雑巾がけなど家の掃除を済ませます。それから朝食をとり、学校へ通っていました」

食事中の会話はご法度。正座が当たり前の生活です。「立つ」のにも、「歩く」のにも正しい姿勢が求められます。

「無駄のない目的にかなった動作を支えるのは、強い足腰です。実際に行ってみると分かりますが、正しい姿勢や歩き方は、身体の筋肉を非常に使うものだと身をもって分かります」と清基さん。

 

美しく見える正しい姿勢は、「身体の重心の取り方が重要となります。脊柱の自然な湾曲を活かしながら、頭から首、胴、それぞれの関節に負担をかけず、足の裏、土踏まずの中央やや前方に重心が落ちるようにします」と清基さんが説明してくれます。

「やってみてください」と教えていただいた通り、真っ直ぐに背筋を伸ばして立ってみました。もちろん、正しくできたわけではありませんが、重心が身体の中心を通っている感じがします。

「そうです。バランスのよい姿勢が大切です。正しい姿勢ができれば、『歩く』『立つ』『座る』などの動作に、無駄なく滑らかに移行できます」と清基さんは、実践して見せてくれました。

「不用な筋肉への負担がなく、内臓への圧迫も最小限に抑えられる」そうです。 清基さんは、礼法の基本である「立つ、座る、歩く、お辞儀をする、物を持つ、廻る」の六通りの正しい動作を積み重ねてきました。だからこそ、その立ち居振る舞いには凛としたオーラが漂っているのです。

また、小笠原家では、五穀豊穣、国家安泰、無病息災を祈願するために、全国各地の神社に奉納する神事「流鏑馬(やぶさめ)」を執行しています。馬を駆けさせながら次々に矢を放ち、矢が的に的中すれば、諸願は成就すると言い伝えられています。射手を務める清基さんは、日本のみならず、ハワイやロンドンでも「流鏑馬(やぶさめ)」を披露し、たいへんな人気を得ています。

 

 

小学6年で落馬をしても病院に行くのは後まわし

源頼朝も行ったという流鏑馬。その継承者である清基さんは、馬に乗る稽古を3歳から始めています。「本物の馬での稽古もありますが、木馬に乗る稽古がとても重要です。木馬に乗ることによって、馬に乗るための筋肉がつきます。また、その基礎づくりのために、礼法の稽古をしっかりとやって、足腰を鍛えるのです」とはいえ、「流鏑馬」では落馬をすることがあります。清基さんは、小学6年生で初めて落馬を経験しています。

「痛くてすぐに病院に行かせて欲しいと言ったのですが、父は『本番がぜんぶ終わるまで休んでいなさい』と言うだけで、本番が終わっても、すぐに病院に行かせてくれませんでした。そのときの父の言葉は『病院に行く前に、落馬して迷惑をかけたのだから、きちんと皆さんに謝ってから行きなさい』と言うものでした」「今、思えばそれが当たり前のこと」と清基さんは言いますが、小笠原家では、落馬した12歳の少年にも容赦なく、道理を通す正しい行動を要求するのです。

 

 

弓と馬と礼の3つをもつ家業を生業としない 

小笠原流の流祖・長清(ながきよ)が源頼朝に糾方(きょうほう)の指南役(しなんやく)を命じられたのは1187(文治3)年のこと。これは、武士の指導者のあり方を教える教師のような存在でした。「糾方」とは、弓術と弓馬術、礼法を意味し、小笠原流は、この3つをもって正式として、一子相伝で脈々と受け継がれてきたのです。

 

しかし、小笠原家には「流儀を教えることを生業(なりわい)としない」という家訓があります。この遺訓を定めたのは、激動の明治期を生きた二十八世清務でした。清基さんの父・三十一世清忠(きよただ)さんが、”家訓の理由”を話してくださいました。

「流儀を教えた謝礼を生活の糧にすると、経済を考えて流儀を教えることになります。そうなると流儀の品格が卑しくなると、清務はいさめたのです。祖父も父もこの遺訓を守りました。家業とは別に仕事をもつことは意義のあることです。妥協することなく、伝統の品位を継承できますから。また、『宗家』ということでいきなり教える立場になってしまったら、人として問題が出てきやすいでしょう」。この父の言葉に清基さんは、大きくうなずきます。

 

 

研究者としての仕事も大切に考える 

大学進学に際して清基さんは医学部を志望していましたが、稽古や行事を休むことが多くなるので、医学部への進学を諦めています。

「理系で医学部に近い分野ということで脳神経を学べる大阪大学基礎工学部(生物工学専攻)に進みました」。この選択には、小笠原流宗家を継承する自らの立場と、やりたい仕事に就くことのバランスを上手にとっている清基さんの姿がうかがえます。

そして、現在、製薬会社に勤める清基さんは、がんの治療薬の研究などに関わっています。社会人としても重責ある仕事に携わっている清基さんは、「子どものころから鍛錬している礼法や流鏑馬の稽古が社会人としても、役立っている」と言います。

清基さんは30歳で同期入社の彩香(あやか)さんと結婚。彩香さんは教場の事務の仕事などを引き受けています。「当然、プレッシャーはあると思いますが、主人にはそれをバランスよく調整する心の強さがあります」。彩香さんは清基さんの良き理解者であり協力者です。

ところで、清基さんは我が家ではどのように過ごしているのでしょうか。

「小笠原流礼法を受け継ぐ家としての重みはしっかりと受け止めています。この役割を果たすためにも、我が家では、ごく自然にゆったりと過ごしています」

凛々しい若武者は、穏やかな笑顔になりました。心の休息ができる”寛ぎの空間”が清基さんを支える我が家です。

 

  

私たちの規範となる「礼法のこころ」 

教場で流鏑馬の稽古をする清基さん。稽古に使われるのは木馬。騎乗の作法などを徹底的に木馬で習得することが肝心。清基さんは「木馬の稽古は、最も大切な稽古です」と言います。礼法の修練で生まれた足腰の強い身体と、木馬での稽古が身についていなければ、疾走する馬にまたがり的に矢を射る流鏑馬はできません。

 

極めれば、無色無形なり

――修業を重ねることで、無駄のない自然な動きになるそうです。

とてもその境地までは到達できなくとも、「礼法のこころ」は学びたいものです。その要約を清基さんは次のように教えてくれました。

「時・所・人に合わせて行動することです。そのためには、相手の立場を考えて振る舞うことが大切です」。相手を敬愛するこころ。これこそが、小笠原流の「作法のこころ」です。その真髄が33歳の清基さんに宿っていました。

そして、850年の時間を超えて、武家の礼法は、美しく品格ある生き方を求める人々に、規範となる大切な精神を示してくれるのです。その象徴が、会社員という”もうひとつの顔”を大切にしながら、やがては三十二世宗家を継ぐ小笠原清基さんです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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  ■著者 幡谷哲太郎(はたやてつたろう)氏 経歴

 茨城県水戸市生まれ。日本青年会議所「徳溢れる心醸成会議」に所属中に家訓づくりを始める。 家訓づくりを広める活動を「家訓ニスト」と命名し、全国160カ所以上、7,000人の受講者に対し、家訓づくりのセミナーを開催。セミナー後に、「家訓を作り、家族での唱和を実践した」という家庭の100%が、「家族に変化があった」と回答するなど、大きな変化を与えている。 

セミナー開催数、受講者数、WEBアクセス数、いずれも日本一の実績(協会調べ)を誇り、自他ともに認める家訓づくりのスペシャリスト現在は、明るい豊かな社会の実現のため、家訓ニスト協会(仮)を立ち上げ、ノーベル平和賞受賞をめざし活動を広げている。