国鉄改革とJRの奇跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■日本国有鉄道とは 

日本国有鉄道は、法律に基づき日本の国有鉄道を運営していた事業体である。経営形態は政府が100%出資する公共企業体(公社)であり、いわゆる三公社五現業の一つ。通称は国鉄(こくてつ)。

 

鉄道開業以来、国営事業として政府官庁によって経営されていた国有鉄道事業を、独立採算制の公共事業として承継する国の事業体として1949年6月1日に発足した。

 

職員数は1980年代までおおむね40万人台で推移したが、合理化により大幅に削減され、民営化直前の1986年(昭和61年)には27万7000人にまで減少。このうち20万1000人がJRグループの各新会社に移行した。

 

第二次世界大戦後の国営鉄道はインフレーションに加え、復員兵や海外引揚者の雇用の受け皿となったため、1948年度の特別会計は300億円の赤字となって財政は極度に悪化した。労働争議が頻発する社会情勢の中、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)のダグラス・マッカーサーは、国家公務員の争議を禁止する一方、国家権力の行使とは関係ない国の専売事業や国有鉄道などの国営事業を一般の国家公務員から除外することを勧告する書簡を出した。

  

こうして国鉄は発足。ただちに職員9万5000人の人員整理に着手。しかし、それが引き金になったとされた国鉄三大ミステリー事件(下山事件・松川事件・三鷹事件)が発生するなど、労務政策面では大きな混乱が見られた。また経営面では、戦時設計の粗悪な車両や地上施設が原因となった「桜木町事件」などの重大事故が発生。一方で特別急行・急行の復活など輸送力の回復を強力に推進していくものの、発足時から前途多難が予想される船出となったのでした。

 

 

■史上最大の債務

昭和50年代、天気予報をみるように、あちこちでストが頻発し、電車は動かず。また時節の挨拶のように、『国鉄の赤字が何兆円に達しました。』と報道されるのが日常でした。

確実にふくれあがる負債、威圧的な職員、臭すぎるトイレに、絶対に廃線にならない有力代議士の地元路線・・・・・・・

子供でも『こりゃ駄目だ』と感じる惨状でした。

累積債務は、実に37兆円。利払いだけでも年1兆円を超えるなど資産を売却しても到底債務を解消できる額ではありませんでした。

 

この原因として、左よりの組合構成員たちが、国鉄内部に工作をはたらき労働組合を先鋭化させていった点、また政府も損きりができず、債務だけをいたずらに増やしていった点があげられます。国鉄、政治、国民・・・だれも責任をとらないズブズブ体質のはてに、末期には年間6000億もの税金を国鉄に投入せざるおえないありさまでした。

 

そんな中、中曽根内閣は、国鉄分割民営化を断行、多くの障害はあったものの、JRとして6つの地域別の旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社などに分割し民営化するものである。これらの会社は1987年4月1日に発足しました

このほか同時期に日本電信電話公社や日本専売公社を含めた三公社の民営化が自由民主党によって進められた。この民営化はいずれも成功し、それぞれ株式の上場、国庫に多くの財源を還元したほか、とくに借金づけで運営に苦慮していた国鉄を、2000億もの納税を可能する優良企業に生まれ変わらせています。

 

 加えてバブル崩壊により、JRも含めた公共交通での先鋭的な労働争議は困難となった。結果としてストや順法闘争の影響力をほぼ皆無にすることには成功した

 

※国鉄末期には、国が多額の補助金(1985年で6000億円)を投入しても、なお1兆円を超える赤字を計上していたが、JR7社で2005年度には約5000億円の経常黒字となり、国及び地方自治体に対し、法人税等として約2400億円(2005年度)を納めるまでになっています。

     

巨額債務のその後 

国鉄分割民営化の時点で、累積赤字は37兆1,000億円に達していた。このうち、25兆5,000億円を日本国有鉄道清算事業団が返済し、残る11兆6,000億円を、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR貨物、新幹線鉄道保有機構(1991年解散)が返済することになった。経営難の予想されたJR北海道、JR四国、JR九州は、返済を免除された。

 

民営化により市場原理を活用したことにより、本業での収益は好転した。また、JRにとっては返済可能な程度に負担額が抑えられたこともあって、返済は順調に進んだ。

 

 

■組織をかえる「やる気スイッチ」

 

1999年 香港が中国に返還された時、経済都市「香港」の将来を不安視する声が世界中でささやかれました

300万の香港市民が13億の民に食べつくされるっと・・・

しかし、実際は、300万の民が13億人を変えました。共産党が支配する計画経済が一瞬で崩壊し、資本主義経済が導入されたのです

 

同じように日本でも260年つづいた幕藩体制が一瞬で明治政府に切り替わっています。

歴史の中では、こうした説明できない「スイッチ」が存在します。

 

専門家は、JRのおこした奇跡を、様々な角度で分析していますが、家訓ニストの考える一番の原因は、「スイッチ」が入ったこと。

それは職員さんの「マインド」(精神)であり、単純に「やる気」と言い換えることができます。

 

国鉄時代は、1兆円もの赤字を生んできた組織が、今は同じだけの利益を生み出す集団に変化しています。たとえば、近年話題をあつめた東京駅の修復工事では、JRは、国の予算に頼らず、東京駅の空中の権利を周囲のビルに売るというマジックを繰り出し、なんと1円の支出もせずに500億円もの建設費用を捻出しました。

30年前は、放蕩息子だった国鉄が、どうやって、孝行息子に生まれ変わったのでしょう?

 

人や、組織には、「やる気スイッチ」があります。

そのボタンをみつけ、そして押せるか?が、成功へのカギが眠っているのではないでしょうか?

 

ひとは麦のみで活きるにあらず。

あなたのやる気スイッチはどこにありますか?

そして、あなたは誰のために働いているのでしょう?

 

誰かのために生きる人間はつよい

赤字と戦い苦しんでいた国鉄は、目標も設定できず、社内闘争や政府との軋轢と戦っていたのではないでしょうか?

しかし、JRとなり、内側にあったマインドが、「お客様のために!」と変換された時、奇跡は始まったのです

 

「社訓」や「社是」の効果の1つに、この「やる気スイッチ」の存在があります。

目的地は明確にした方が、努力のしがいも、勉強のしがいもあるのです

かつての国鉄のように、社内が、ぎくしゃくしている人はいませんか?そんな時こそ、社員にとっての大事なものを思い出し、経営陣はそれを守り、万が一の時は責任をとる。また社員は一致団結して、お客様のため、そして法人の目的達成のためにがんばるべきす

 

「やる気スイッチ」は特別なことでなく、毎日の仕事のなかで、ちいさな幸せを確認していく作業なのかもしれません

国鉄時代の国鉄マンは、赤字だ、税金泥棒だと、ののしりをうけ、前向きに仕事をするマインドを失っていました。

そして国鉄が解体され、JRという会社になったとき、社員一人ひとりに光があたり、それぞれが努力をすることで、いまの成功につながったものと推測できます。

 

あなたのやる気スイッチはどこにある?

誰かのために生きる人間は強い。それが分かっている人、法人はもっと強い。

国鉄からJRにかわり、社員のマインドが変わったとき、お客様の反応もまた変わったことでしょう。そんなお客様にためにがんばれる社員をひとりでも多くもつこと、そして経営陣は、そんな社員さんが元気よく働ける環境、そして社内の風とおしをよくすること、JRの奇跡はそんな教訓を教えてくれます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

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 ■著者 幡谷哲太郎(はたやてつたろう)氏 経歴

茨城県水戸市生まれ。日本青年会議所「徳溢れる心醸成会議」に所属中に家訓づくりを始める。

家訓づくりを広める活動を「家訓ニスト」と命名し、全国160カ所以上、7,000人の受講者に対し、家訓づくりのセミナーを開催。セミナー後に、「家訓を作り、家族での唱和を実践した」という家庭の100%が、「家族に変化があった」と回答するなど、大きな変化を与えている。

セミナー開催数、受講者数、WEBアクセス数、いずれも日本一の実績(協会調べ)を誇り、自他ともに認める家訓づくりのスペシャリスト。現在は、明るい豊かな社会の実現のため、家訓ニスト協会(仮)を立ち上げ、ノーベル平和賞受賞をめざし活動を広げている。