宮本武蔵の辞世の句

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずれの道にもわかれをかなしまず」

辞世の句

 

 

 

 

 

 

宮本 武蔵(みやもと むさし)

生誕:天正12年(1584年)

死没:正保2年5月19日(1645年6月13日)

 

江戸時代初期の剣術家、兵法家。二刀を用いる二天一流兵法の開祖。また、重要文化財指定の水墨画や工芸品を残している。

 

本姓は藤原、名字は宮本、または新免、通称は武蔵。関ヶ原の戦いが終わった後、武蔵が21歳の頃から、京都などで多くの決闘に挑んで勝利した(五輪書より)。特に有名なのは巌流島の決闘)。

 

武名は高かったようで、大坂の陣の際には水野勝成が息子の護衛役として武蔵を従軍させている。以降も特に仕官はせず、各地の大名家に立ち寄るフリーの剣術家として活動していたらしい。島原の乱では、養子の宮本伊織が当時小倉藩・小笠原家に仕えていた縁で、小笠原勢の客将として従軍。

 

1640年、剣術大好きな熊本藩主・細川忠利に招待されて以降は熊本で余生を過ごす。五輪書を記したり、絵画を制作したりしたのはこの頃。1645年に死去した。伊織とその子孫はそのまま小倉藩の家老として仕えた

 

 

■宮本武蔵の名言

 

空を道とし、 道を空とみる。

 

神仏を敬い、 神仏に頼らず。

 

千日の稽古をもって鍛となし、 万日の稽古をもって錬となす。

 

構えあって構えなし。

  

一生の間、 欲心を思わず。

 

 平常の身体のこなし方を戦いのときの身のこなし方とし、

戦いのときの身のこなし方を平常と同じ身のこなし方とすること。

 

 われ事において後悔せず。

 

 世間に媚びずに世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる。

 

 

 

宮本武蔵の獨行道 二十一箇条

 

世々の道をそむく事なし 「世々の道を背く事なし」

身にたのしミをたくます 「身に楽しみをたくまず」

よろすに依枯の心なし 「万に依怙(頼ること)の心なし)

身をあさく思世をふかく思ふ 「身を浅く思い、世を深く思う」

一生の間よくしん思わす 「一生の間欲心思わず」

我事におゐて後悔をせす 「我事において後悔せず」

善惡に他をねたむ心なし 「善悪に他を妬む心なし」

いつれの道にもわかれをかなします 「いずれの道にも別れを悲しまず」

自他共にうらミかこつ心なし 「自他ともに恨みかこつ心なし」

れんほの道思ひよるこヽろなし 「恋慕の道思いよる心なし」

物毎にすきこのむ事なし 「物ごとに数寄好む事なし」

私宅におゐてのそむ心なし 「私宅において望む心なし」

身ひとつに美食をこのます 「身一つに美食を好まず」

末々代物なる古き道具を所持せす 「末々代物なる古き道具所持せず」

わか身にいたり物いミする事なし 「わが身に至り、物忌みする事なし」

兵具ハ格別よの道具たしなます 「兵具は格別、世の道具たしなまず」

道におゐてハ死をいとわず思ふ 「道においては、死をいとわず思う」

老身に財寳所領もちゆる心なし 「老身に財宝所領用ゆる心なし」

佛神ハ貴し佛神をたのます 「仏神は貴し、仏神をたのまず」

身を捨ても名利はすてす 「身を捨てても名利は捨てず」

常に兵法の道をはなれす 「常に兵法の道を離れず」

 

 

 

 

 ■五輪の書とは?

 

(参照:NO LOVE, NO TEAM 

http://nolovenoteam.com/gorinnosho-victory-2291.html 

 

勝利への方法論とはどんなものだろうか? 五輪書という書物は、勝利への道を示すヒントになる。天下無双の剣豪、佐々木小次郎との巌流島の決闘で有名な宮本武蔵が、晩年になってから戦うとはどういうことか、兵法の道とはどうあるべきかという、勝利と人生のための哲学を書き上げたのが五輪書だ。没する2ヶ月前に熊本の洞窟にこもって書き上げられたこの書には、地・水・火・風・空の5つの巻に渡って武蔵の勝利の秘訣が語られている。

 

この大剣豪のように生きることが戦うこととイコールになった人生というのは、現代を生きる私たちにとって想像がつかないが、この五輪書は英訳もされ海外で人生哲学の本として好評を博した。経営者にも五輪書の愛読者が多いのは、この書物が単に斬り合いを制するための方法論にとどまらず、勝負事そのものについての心構えや肝心な点をまとめた、あらゆることに通じる優れた指南の書とされるからだ。

 

ここでは五輪書の原文の内容を現代語訳にし、そのエッセンスを抜き出して、何としても勝利をモノにしたいあなたやチームにヒントをお伝えする。よくわからない本だと侮ってはいけない。宮本武蔵は13歳の時に初めて命を賭けた戦いをし、30歳手前までの60回余りの真剣勝負で一度も敗北しなかったのだ。現代のどんなアスリートでも及ばない、勝利のための秘訣をさっそく見ていこう。

 

 

・自分の道を愛し、半端に道から利益をむさぼろうとしないこと

・大工仕事と兵法は似ている。適切な箇所で適切なことをできれば物事は合理的に進むのだから、自分たちのことと世の中のことを知り、基礎的な仕事を完璧にできるようになるのが大切

・真剣勝負では使えるものは何でも使い、あらゆる手段を使い切って勝利を得に行くこと

・何につけてもタイミングやチャンスが大切で、それを掴むための鍛錬が要ること

・邪な考えを持たず、実際の鍛錬を大切にし、色々な職業や芸道に関心を持ち、物事の真偽を見抜いて損得をわきまえ、わずかな変化や見えない物に気づけるようにし、役に立たないことはしないこと

戦いの人生の心得を説いた地の巻では、武蔵の非常に合理的主義的な面を見ることができる。兵法の道を大工にたとえ、あらゆることが関係し、働きあって、実際の現象が起こることを説いている。そんな武蔵が一番初めに、自分の道を愛せと精神論を説いているのは興味深い。合理的に勝利にこだわるためにはタイミングよくチャンスをモノにしなければならず、それには精神面をしっかりと構築して、知識と技術を蓄えておくべきだということだろう。

 

この部分だけとってみても、勝負において非常に重要なことが語られているとわかるだろう。侍の世の中に書かれた書物でも、十分に現代に応用できる部分を見出すことができる。

 

 

水の巻の現代語訳まとめ

 

・戦いの時もいつもと変わらない姿勢で平常心を保ち、近いところは全体を把握し、遠いところは手に取るように観察する

・動きは固定せず臨機応変に動けることが大事なので、基本のかまえを相手によって柔軟に変えられるように

・敵の心の準備がないうちに一拍子で打ち、敵が打ってくるのには打ち返すと見せてタイミングをずらしてから打つ。このように自分が主導権を握るのが基本だが、打つ瞬間に無念無想となって打つことだけに没入するのが一番肝心だ

・当てるのではなく、相手を確実に仕留めるために打つことが大事だ。狙い通りのところに当たらなくてもダメージを与えられる

・引け腰にならず、手打ちではなく身体を寄せるように、足と身と手を駆使して電光石火で打ち込み、すかさずたたみかけ、打ち返してきたらさらに早いリズムの連続打ちを返す

・身体を最大に寄せて、自分を大きく見せて威圧し、太刀をつけて粘り、体当たりもする

・競り合いで相手が焦って早く動こうとしたらチャンスなので、心を大きくして相手にペースに合わせず大きく強く打つこと

・敵の身体ではなく太刀を打ちにいってリズムを崩したり、顔面を突いてスキを作ったり、狭いところでは心臓を突いたりする。太刀を受ける際にはそのまま攻める動きをいれ、大勢を相手にする時は囲まれず、一方向で相手ができるように立ち回る

・最大のコツは文字では伝えられないのでよくよく鍛錬すべし

戦いに臨む構えを記した水の巻では、宮本武蔵の名言として有名な「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」と「近きところを遠く観て、遠いところを近く見る」という言葉が出てくる。この巻で語られているのは「水」のように自在で固定化されていない、武蔵の構えに関する哲学だ。

 

戦いの時も平常時と同じように乱れず冷静になり、相手に合わせて自分の構えを柔軟に変えること。常に先手をとって主導権を握るために、怖がらずに身体ごと前に出て威圧し、競り合っても慌てずにチャンスだと捉えること。そして数々の工夫を挙げた上で鍛錬に勝るものはないはないと最大のコツを表現している。

 

冷静さ、柔軟さ、攻撃性と勇気、そして工夫と経験。どれも勝利にこだわる上では欠かせないものだ。どの要素を欠かしても物足りなく感じてしまうほど、これらの要素には説得力がある。勝負に当たってこれほどの構えをとれているだろうか、この構えが取れるくらい自分を鍛錬しているだろうかと考えれば、まだまだ努力の余地はある。

 

 

火の巻の現代語訳まとめ 

 

・環境を見極めて有利な位置を占め、相手の行動を読んで必ず先手をとり、敵の崩れをよく読みとって攻め入る

・難局を想定し、相手の立場に立って弱点や勢いを見極めるクセをつける

・自分が相手を操れると思って飲んでかかり、こちらのペースを相手に伝染させる

・敵をいらだたせ、驚かせ、確信が持てないように迷わせ、弱気を見ては容赦なく押しつぶし、完膚なきまでに叩きのめす

・初めに声で威圧し、途中で声で恐怖させ、勝利の後は大きく強く声をかける

・敵の思惑がわからない時は、こちらの偽の動きを見せて反応をうかがう

・敵の思惑がわかったら、先にその思惑を潰すような動きを見せれば相手の考えを変えられる

・膠着状態には同じ試みを続けず、細やかさと大胆さを切り替え、自分のはじめの戦い方を捨てて新たな方策を試し、泥沼の戦いに持ち込んで勝利をつかむ

・多人数と戦う時は、一点を集中して攻め、あちこちを回る

・太刀によらない勝ち方をも用い、何事にも巌のように動じない

火の巻では実際の戦いにおけるコツがまとめられている。ここからわかるのが宮本武蔵がいかに「相手より有利に戦うか」にこだわったかだ。原文を詳しく読めば太陽や明かりは必ず背負うこととも記してあり、正々堂々というよりも、勝つためにあらゆる手段の導入をためらわないリアリストの一面が読み取れる。

 

まず環境で優位に立ち、そして相手をよく観察することを奨めている。手を変え品を変え攻めて、相手の意図を読んだり封じたりすることを強調するのは、常に主導権を握ろうとする武蔵の戦闘哲学の表れだろう。一度やられては次はない過酷な環境で、一度崩れた相手は情け容赦なく叩きのめしにいけと説く。

 

中でも目を引くのが心理的な影響を大きく見ているところだ。大声を出して威圧したり、苛立ちや驚きや迷いを与えてこちらのペースに引きずり込めという。戦いといえばついつい技術的な方法論に目がいきがちだが、真剣勝負を生き抜くために一度も負けられなかった武蔵が、心理的な駆け引きにも持てる知力の全てを使って勝利してきたのは参考になる。

 

 

風の巻の現代語訳まとめ 

 

・兵法とは道であるから、他流派のように技術を売り物にはしない

・長い太刀は弱さの表れ、短い太刀だけでは勝てない。太刀の使い方は幾種類もないし、太刀の強弱は斬れる斬れないに関係はない

・かまえは相手が想定の範囲内にいないと役に立たないので、最重要なものではない

・敵の細かいところに目をつけると心の迷いが生じる

・足使いは平常時のようにしっかりと踏むことが大切で、余計な技術は不要

・早いことは素晴らしいことではなく、緩急が大事

・初歩や奥義を定義する画一的な流派があるが、実戦では人を斬ることが全て

武蔵はこの風の巻を使って他流派を批判し、自分の二天一流こそが一番の流派だと主張している。他流派は何かにつけて太刀の使い方や足運び、戦い方に順序や評価をつけて、奥義だ初歩だと言っているが、戦いに勝利するうえでそんなものには価値がないと斬って捨てているのだ。

 

これは聞くべき価値のある言葉だ。固定化した技術や動作というのは、特定の環境でしか発揮できない。足運びを徹底的に練習しても、河の中で敵と向かい合うようなことがあっては無意味だ。想定内の相手にしか通用しない、固定化したかまえを練習することを武蔵は否定している。

 

戦いでは、どんな恐ろしい事態が起きないとも限らないのだ。水の巻や火の巻のように、徹底的に勝利を追及してきた武蔵は、勝負とはルールの中で行うものではないということを心の底から理解していたのだ。

 

 

空の巻の現代語訳まとめ 

 

・二天一流は空を知る道。空とは「ない」ということだが、これを真に理解するためには「ある」状態に自分を置かなければならない。武芸を磨き、観ることと見ることを知り、迷いなく、世の中の大きな尺度に照らして間違いのない実(まこと)の道にいるときに、空の境地を知ることができる

勝負することと生きることが分かちがたく結びついていた武蔵は、五輪書を締めくくるに当たって人生の道を説いている。戦いで勝利を得た中で、人生についても学び取っていたのだ。勝負事の中に身をおくと、勝つか負けるかが全てになりがちだが、競争の中に自分がよく生きるための道を見出した武蔵は、武士というよりも求道者のような面を最後に見せる。

 

 

五輪書はあらゆる勝負事に通じる

勝つためにはどうすればいいかということを考える時に、私たちはついつい魔法のようなナイスアイディアを捜し求めてしまう。しかしそんな都合のよいものはなく、「相手を斬る」というような明確な目標に対して徹底的に突き詰め、持てる限りの知力と手段を総動員して日々鍛錬に励むことが最良の手段だと五輪書は教えている。

 

そんなことは当たり前じゃないかと思う人もいるかもしれないが、その当たり前のことができない多くの人が敗れ、当たり前のことをできる武蔵のような人だけが真剣勝負を生き抜いたのだ。この書に記された秘訣の困難さを知り、知ってなお少しでも努力していくことが、重大な勝負をモノにする一瞬のためには大切になるだろう