剛田家 家訓『俺の物は俺の物 おまえの物も俺の物』

 

 

 

 

 

 

 

 おれのものはおれのもの おまえのものも おれのもの』

 (剛田武 家訓)

 

 

剛田 武(ごうだ たけし)

 

藤子・F・不二雄の漫画作品『ドラえもん』に登場する架空の人物。通称「ジャイアン」。6月15日生まれ。野比のび太のクラスメイト。妹にジャイ子がいる

 

短気で乱暴な言動が多いが、極めて義理固い面の持ち主。面倒見がよく親分肌で妹をかわいがり、しぶしぶながらも家の手伝いをきちんとする。友情に厚い面もあり、「心の友よ!」と泣きながら叫んで抱きつく事もある。風邪をひいたのび太を本気で心配したり、ドラえもんの力を借りられず追い詰められたのび太を助けるために共闘したこともある。他者を思いやる行為に弱く、涙もろい面もある。

  

ドラえもんの映画では特にその体格ゆえに男気溢れる性格が顕著で、命を賭して友達を守ろうとするなど仁侠的な印象が強い。普段は粗暴な性格や行動が目立つが、いざというときに上記のように友情にあついところが強調される。「ドラえもん短歌」(枡野幸一著)では「旅先じゃあんなにいいやつだったのにまたジャイアンはジャイアンになる>(石川誠壱)と歌われるほどのギャップと不思議な魅力にあふれたガキ大将です。

 

■おれのものはおれのもの おまえのものも おれのもの

 

ジャイアニズム(和製英語: Gianism)または剛田主義とは、漫画およびアニメの『ドラえもん』に登場する主要キャラクターのひとりであるガキ大将、ジャイアンこと剛田武の作中における言動を思想的に捉えるべく名づけられた名称である

 

1990年代に見られる俗語であり、「ジャイアンみたい」という言葉は、形容詞として成立するほどです。

 

その根本は、「横取りジャイアンをこらしめよう」においてジャイアン本人が発した「おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの」という言葉に由来しており、自らの所有物(占有物)については当然に自分の所有権を主張しつつ、他者の所有物に対してさえも全く法的な根拠なしにその他者の所有権を否定し、所有権が自分に属することを暴力的に主張するという、極端に利己主義、独占主義的な思想を指す。

 

だが、2011年3月25日に放送されたアニメ版のオリジナルストーリー「のび太のハチャメチャ入学式」では、小学校に入学したのび太がトラックの荷台に落としてしまったランドセルを必死にジャイアンが追いかけ、その理由としてこの台詞を(だからのび太のものであっても、俺のものと同じように必死になるんだという意味で)語るという、エピソードが展開されたのです

 

 

■剛田家 家訓の真意とは!?

 

秘話の物語はここから  のび太小学校入学式の日! 

のび太は小学校入学式の日に早速遅刻した。体育館ではジャイアンがランドセルに入れていた、目覚まし時計が鳴り出し、みんな火事と勘違いして体育館から逃げだす。その後、遅刻したのび太が到着。いつも間が悪いのは、のび太の性分。彼は入学式が終わったと思い、途方に暮れて帰宅しようとする…。 

 

しかし、家に帰れず迷子になるのび太。疲れ果てランドセルを置き、なぜかそれが落っこちて、走っているトラックの荷台に乗っかってしまう…。雨が降ったり、犬に吠えられたりしながら、必死にランドセルを探すのび太…。しかしいっこうに、ランドセルは見つからない…。 

 

そんな時しずかちゃんが「たけしさん、のび太さんがいない」と言い出す。ジャイアンは必死になってのび太を探し始め、ついに見つけ出す。そこで偶然にも、トラックに乗ったのび太のランドセルを発見するジャイアン。

  

ジャイアンは「俺に任せろ!」と言い、必死に走ってトラックに追いつき、落ちてくるランドセルをジャンピングキャッチ!!

 

そして、のび太が言う「ジャイアンありがとう!」

ジャイアン「当たり前だろう!だって…」

お前のモノは俺のモノ、俺のモノは俺のモノ!」

と…

 

そこで現実に戻るのび太。そこにはいつもの通り、新しい人気コミックをジャイアンに取り上げられるのび太がいました。

理不尽なのに、どこか憎めない、そして困った時だけ、みせるジャイアンの漢気(おとこぎ)

大人たちは「出木杉」くんを子どもたちに求めますが、人生で大事なのは、こうした「ジャイアニズム」なのかもしれません

 

■ジャイアンはどこにいった?子育てに必要な最後のパーツ

 

あなたが子供の時に、ジャイアンはいましたか?

街にガキ大将がいなくなった・・・と声を聴いたことがないでしょうか?

 

ジャイアンは、短気で乱暴な言動が多いが、極めて義理固い面の持ち主。面倒見がよく親分肌で妹をかわいがり、しぶしぶながらも家の手伝いをきちんとする少年です。友情に厚い面もあり、「心の友よ!」と泣きながら叫んで抱きつく事もあります。

 

ジャイアンのモデルは藤子・F・不二雄先生が「少年時代」におなじ時間を過ごしたガキ大将だそうです。その様子は映画化もされ、同名の主題歌は井上陽水のヒット曲にもなりました。

 

家訓ニストの記憶では、近所にすむTくんのお兄ちゃんが、ガキ大将で、野球や、サッカー、秘密基地づくりに精をだしていた懐かしい記憶があります。そして、今の子ども達と違う点を考えてみると、違う年齢の子供が集まって遊んでいた点、また遊び自体のルールもガキ大将の指示のもと?子ども自身で決めていた点があげられます。

 

またこの頃の遊びは、ファミコンの普及前というのもポイントです。子ども達同志、自分たちで考えた遊びを満喫していました。マイナーどころでは、ロクムシや、陣取りなんかもありました。ケードロはポピュラーだったのかな? 缶けりは今でもやっているのかな? 子どもは、子ども同志で遊ぶなかで、学校や塾、そして家の中で学べないものを手に入れていったのかもしれません。

 

ちょっと年上のお兄ちゃんお姉ちゃんへの憧れを持つことは、子どもを少年にする近道です。 江戸時代には、薩摩藩の「郷中」や、会津藩の「什」など、子どもだけで決まりをつくり、寝食を共にして育つ習慣がありました。とくに薩摩では、大久保利通や西郷隆盛などが「郷中」から輩出されています。西郷さんがもつ人望を深読みすれば、西郷さんは「ジャイアン」だったのかもしれません。

 

子ども達をとりまく環境が悪くなったっと言われる中、クーラーも普及したし、学校の先生もやさしくなった、極端な貧乏はへったと思うし、寿司は回るし、ナポリタン以外のスパゲッティ―も誕生しました。そして、テレビにリモコンがつき、ゲームボーイもスマホも、子供部屋も持てるようになりました

 

・・・ で、何が悪くなったのでしょう?

増えたと思われるものが10以上。そして減ったものがあるならば、ガキ大将(ジャイアン)の存在感かもしれません

 

子どもは、ちょっと上のお兄さんに憧れをいだき、背伸びをしながら大人になっていきます。どこでもいたはずのジャイアンは、テレビの中だけになってしまいました。子どもには子ども達だけのコミュニティーが必要です。 発展途上国にいくと貧しいはずの子ども達がいきいきと走りまわっている様子をよくみます。反対に豊かなはずの日本で、街から子どもの歓声が消えて久しい気がします

 

子どもは国の宝。そして子どもを育むジャイアン不足は深刻です。 社会的に、ジャイアンを取り戻すためには、子どものイタズラに寛容なコミュニティーや、リサイタルショーをひらけるだけの「空き地」などを整備する必要がありそうです。

 

来たれジャイアン、ガキ大将~♪ 

皆様のジャイアン不足を解消するアイディアをお待ちしています。JC(おとな)の世界では、まだまだジャイアンはたくさんいるのですが^^;

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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