小沢一郎家訓 「言い訳をするな」

 

 

  

『言い訳をするな』

『ひとの悪口を言うな』

嘘をつくな、言い訳するな、人の悪口を言うな」とは、小沢家の家訓であ

る。小沢一郎代表は、幼少の折より、母親から厳しく言って聞かされてきた。

政治家として、近くに寄ってくる者には「来る者は拒まず、去る者は、追わ

ず」の姿勢を保っている。

 

小沢 一郎(おざわ いちろう)

生誕:1942年〈昭和17年〉5月24日

 

日本の政治家。衆議院議員(16期)、現在、生活の党と山本太郎となかまたち共同代表。

 

■小沢一郎とは? 

 

小沢氏は竹下派、特に金丸の意向によって成立した第1次海部内閣では金丸の推薦により47歳の若さで党幹事長に就任。金丸・竹下とともに、政権の実質的な実力者となり、ねじれ国会下で公明党など野党とのパイプを駆使して国会対策にあたった。 

 

リクルート事件後初の総選挙で苦戦が予想された1990年(平成2年)の第39回衆院選を、自由主義体制の維持を名目に経済団体連合会(経団連)傘下の企業から選挙資金300億円を集めて勝利。同年8月、湾岸戦争が勃発すると、小沢はペルシャ湾に自衛隊を派遣することを模索した。 

 

「アジアへの配慮が必要だ」と反対する外務省や、ハト派である海部の慎重論を抑え、法案を提出させた(なお、この法案は野党の反対で廃案となり、後に国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法)が成立)

  

このように小沢は自由民主党時代は幹事長に若くしてなった いわゆるエリートであった。巨額の資金援助は結果的に左右両派から強く批判されている。日米構造協議でも大蔵省の強い反対を抑え、公共投資を10年間で430兆円とすることで妥結させている。首相を凌ぐ権勢や集金力から「剛腕」と称された。

 

■壊し屋イチロー

 

皆様が政治家に求めるものはなんでしょう?

お金に厳しく、精錬潔白、私生活にも曇りがなく、いつも笑顔で誰からも好かれる人物?というところでしょうか!?

 

しかし幡谷が求める理想の政治家とは、結果責任です。

特別公務員として税金で雇い、行政権をゆだねる以上、さわやかさも、私生活も関係ない、とにかく地域を日本を豊かにする人材を求めるばかりです

 

政治家に大物がいなくなった・・・との声をよく聞きます。

大物がいないことで、日和見的な議員がふえ、複雑な問題を解決できる人材がいません。

時代をつくる政治家には、ときに独善的であり、ときに私生活の乱れが伴うことはよくあることです。清濁併せのむ、そんな政治家を育てる(見守る)ことができないのは有権者の責任です。小さくなったのは政治家ではなく、我々有権者の器の方かもしれません。

 

現代の政治家で圧倒的な「悪役」を演じているのが小沢一郎氏です。

つくって壊すという壊し屋の異名をもつ小沢だが、つくらない政治家や、部下を掌握しきれない政治家の何倍も偉いと幡谷は感じます。

 

小沢が自民党を離党した際には、「談合政治」と言われる旧来型政治の打破と、イギリスやアメリカのような二大政党制を創りたいという明確なビジョンがあったという。小選挙区制を導入すれば同じ選挙区から自民党と社会党の政治家が選ばれるということが無くなるためであった。小沢は、自ら進んで自民党を離党したのでは無く、既得権益を持った一部の議員に追い出されたのだと述べている。当時の自民党竹下派では、国際貢献や小選挙区制度を巡り激しい対立があり、そうした政策対立ともからんだ竹下派の跡目争いで小沢・羽田グループが小渕恵三らに破れたことが、小沢の離党の背景にある。もっとも小沢自身は1993年の宮沢内閣不信任に賛成票を投じた後も離党する気はなく、党内改革を行うつもりであったが、不信任案には反対した武村らが率先して離党したことが引き金となった

 

その後、壊し屋と言われたイチローは、不可能と思われた自民党の打倒に成功。55年体制をおわらせ、細川総理(日本新党)の誕生を演出する。しかし、細川総理はあっけなく辞任、つづく羽田総理も短命に終わる頃には、自民党が社会党を抱き込むといった奇手がだされ、自民党は政権を奪取する

そしてそれから10年にわたって政治の表舞台は、小沢一郎を中心にまわっていくことになる

 

田中角榮を「オヤジ」として慕い、政治のイロハと人生の薫陶を受けたと語る。それは「どぶ板」とも言われる、人口密度の低い農村部から始め有権者の家を一戸一戸回っていく地道な選挙活動を決して怠らない事をオヤジから学んだという。歴史上の人物では、福澤諭吉を日本文明の祖として尊敬し、勝海舟や坂本龍馬にも一定の理解を寄せ、西郷隆盛を尊敬するものの、政治家・人物としては大久保利通を目指していると述べた

 

 

「政治家・小沢一郎の評判が悪い理由」について、側近として知られた平野議員は、

「小沢家には『言い訳をするな』『ひとの悪口を言うな』という家訓が代々残っているそうだ。言い訳は絶対しないし、人間個人としての相手を決して非難、誹謗(ひぼう)しない。彼の人生観として貫かれている。これが政治のいろいろな段階で誤解となり、虚像となっている」と述べています。

 

 

■国策捜査という闇

 

「罪を憎んで人を憎まず」とは、時代劇に登場する大岡越前の名セリフです。

法治国家である日本は、まず法があり、そして罪があります。人や時代、またその時々の権力者によって「法」がねじまげられることは、何より避けなければいけない愚行です

 

国策捜査とは?

国策捜査とは、捜査方針をきめる際に、政治的意図や世論の動向にそって検察(おもに特捜検察)が、適切な根拠を欠いたまま「まず訴追ありき」という方針で捜査を進めることをいう。そうした検察のあり様を批判するための用語であり、特に無罪判決が下った事件についての検察の捜査を批判するために使われる。

 

罪を憎んで人を憎まず、の反対。人を憎んで罪をねつ造。というのが国策捜査の怖さです。

そして、権力の暴走をとめるはずのマスコミ各社も、国策捜査の場合、多くが提灯記事を書きつづけ、検察とマスコミが絶妙なタイミングで世論を誘導していきます。触れてはいけない日本の闇を感じないでしょうか?

 

小沢一郎の政治規制法違反について検証する

準大手ゼネコン「西松建設」が、政治団体をダミーにして献金をしていたとされる疑惑で、東京地検特捜部は、政治資金規正法違反容疑で、民主党の小沢一郎代表の公設第1秘書で資金管理団体「陸山会(りくざんかい)」の会計責任者、大久保隆規容疑者(47)と、西松前社長の国沢幹雄容疑者(70)=外為法違反で起訴=ら3人を逮捕、東京都港区の陸山会事務所を捜索した。小沢氏側への献金総額は2億円近くに上るとみられました

  

このニュースのあと、検察のリークとみられる憶測記事が次々にぶちあがります。

西松建設への利益供与にはじまり、小沢一郎の私生活の暴露、また金をつかって政界を支配してきた構図など、巨大疑獄事件を予想される内容の数々に、日本中が騒然としました。

 

結局、この一連の報道もあり、小沢一郎は、要職を辞任。

秘書が逮捕され、国民の間にも「あ~やっぱり」感がひろがります

 

しかし、長い裁判闘争の結果、浮かび上がってきたのは以下の事実です

 

①西松建設の献金の件はウヤムヤに(のちに贈賄側の前社長が別件で逮捕され、献金の話しは司法取引だった疑惑が浮上)

②政治資金法違反の内容は、本来は04年に記載すべき内容を翌年に記載した不実記載

③上記の資金は、闇献金でなく小沢氏本人の資金

 

この事件では、②の不実記載を問われ逮捕された石川氏(当時は議員)が、取り調べの際に録音テープを持ち込み、検察の調書信ぴょう性や、あくまで小沢を有罪に持ち込むための違法捜査が暴露されることとなります。 

 

 これで石川氏らの秘書が起訴されてから、4年半に及んだ陸山会事件に関する刑事訴訟は、全て終了したことになるのだが・・・。 

 石川氏は取材に対して、今後も「無実を訴えたい」と主張していたとのこと。

 

『石川前議員は毎日新聞の取材に「ある程度覚悟はしていたが、最高裁の良識に期待もしており、司法に対する失望を感じる。これからも自らの無実を訴えたい」と強調した。有罪が正式に確定すれば次期衆院選に立候補できなくなるが、今後の政治活動については「気持ちを切り替え、後援会とも相談しながら継続していきたい」と話した。

 

国策捜査の闇 

一連の捜査が「国策捜査」であったことを小沢一郎は強調していました。

本人は幸いに無罪判決(確定)を受けることができたものの、石川氏ら3人の秘書の有罪確定が確定。そして、マスコミ、国民からは事件後も、「とかげのしっぽ切り」っと、声たかだかに説明責任をせめられ批判は今なお続いています

事件を境に、権力の絶頂であった小沢氏も、今では、5人の政党を率いるオワコン(終わったコンテンツ)扱いです。検察、そしてマスコミがなぜ、執拗に小沢氏を嫌ったのかいまだに理解できません。

 

一連の捜査と報道により、小沢一郎は死にました(ほぼ)。そのことで日本がいい方向にいったのか?あるいは停滞したのか?は分かりません。しかし、それをジャッジするのは検察の会議室でも、マスコミでもなく。「選挙」なのではないでしょうか?

 

違法捜査のオンパレードだった検察、検察審査会、裁判所の対応も含め、司法制度の公正さに対する信頼が大きく損なわれたことは言うまでもありません。そして、記者クラブに代表されるマスコミとの奇妙な一体感。国策捜査の怖さは、国がその気になれば、誰でも有罪に持ち込めるという点です。小沢氏のように無罪を勝ち取っても社会的に抹殺するというのが、検察の世論誘導の巧みさです。そして一番怖いのが、一般国民の多くが、その問題に気づかずにいるかも知れないということかもしれません

 

大多数のメディアが、「小沢=カネ」「小沢=悪」のイメージを前面に出して、あることないことを報じ、「小沢は何かやってるに違いない」という印象を与え、検察や司法機関などの諸問題を覆い隠してしまっています。

 

その後、小渕優子など、政治資金規正法の違反は絶えませんが、その殆どが修正し申告することで、ことなきをえています

また「国策捜査」は、時代の寵児とかした堀江貴文氏の粉飾決算にもおよび、本人は有罪のうえ、一年以上も、身柄を拘束され、投獄。50億円の粉飾であったが、東芝の1500億、オリンパスの1000億円では、身柄拘束もまた実刑判決も出ていません

 

小沢家家訓「言い訳をするな」。かっこいい男の生き様ですが、悪い人の方が一枚も二枚も上手みたいです

小沢一郎、あるいは堀江貴文を殺した国家権力の闇に、底知れぬ怖さを感じるのは私だけでしょうか?

 

罪を憎んで小沢を憎まず・・・

政治家小沢一郎の復権と、国策捜査の是非が問われる時代がくることを願っています。