ロスチャイルド家の家訓

 

 

 

 

ロスチャイルド家(ロートシルト家)の紋章。この紋章は1822年にオーストリア政府(ハプスブルク家)より、男爵の称号とともに授けられた。盾の中には5本の矢を持った手が描かれ、創始者の5人の息子が築いた5つの家系を象徴している。盾の下には、ロスチャイルド家の家訓であるConcordia, Integritas, Industria(調和、誠実、勤勉)という銘が刻まれている

 

 

■ロスチャイルド家とは?

ロスチャイルド家(Rothschild、「ロスチャイルド」は英語読み。ドイツ語読みは「ロートシルト」。フランス語読みは「ロチルド」。)は、ヨーロッパの財閥、貴族。門閥として名高い。

 

一説には、総資産300兆円。また都市伝説では1京円の資産を持つという世界一の金もちです

 

■ロスチャイルド家の家訓

 

「語るなかれ。」

ロスチャイルド家がたどった歴史の詳細は、よく分かっていません。彼らは他のユダヤ人資本家と同様、自分たちに関する情報が広がって反ユダヤ弾圧に使われることを恐れ、亡くなった家族の日記や手紙、メモなど一切の記録を焼いてしまうような情報管理を行っていたためである

「語るなかれ」の家訓さえ、本当かどうか分からないのが実情です。ただし、前述の秘密主義や、一族の歴史を振り返ると沈黙という家訓の信ぴょう性が増します。ネットでは、この家訓以外にも多くの情報があるものの「語るなかれ」を採用させていただきました

 

 

ロスチャイルド家の成功を生む10の法則。 

一、知識より智慧を重視せよ。

 

一、長年にわたって学び続けよ。

 

一、お金は奪われるが、知識は奪われない。

 

一、逆境こそチャンスと心得よ。

 

一、お金より時間を大切にせよ。

 

一、権威を憎み、権威になるな。

 

一、笑え。

 

一、相手の話は、自分の話の2倍聞け。

 

一、他人とは違う立場をキープせよ。

 

一、元手のいらない事を始めよ。

 

■ユダヤ人と金融業

 日本人にはなじみの薄いユダヤ人の歴史。しかしその歴史には、宗教の歴史、そして今なお紛争が絶えない中東社会の混乱を暗示する背景が隠れています。例えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ神さまを信奉しています。3つの宗教のなかで一番古いのがユダヤ教であり、キリスト教を創設したイエス・キリスト自身もユダヤ人です。ただし、キリストが張りつけになったきっかけをつくった裏切り者のユダも、ユダヤ人だったため、中世には裏切り者の子孫として、いわれなき迫害をうけることとなるのです

 

ユダヤ人の迫害の歴史は、旧約聖書に記されたエジプトによる迫害に始まり、3000年の歴史を刻んでいます。

また2000年にわたって、土地を奪われ流浪の民として生きざる負えなかった不幸な民族でもあります。そして第二次世界大戦時にはヒトラーによってホロコースト(大虐殺)の憂き目にあい、戦後、念願だった聖地エルサレムに民族国家を樹立。ただし、そこには長く土地に慣れしんだアラブ系の民族が居住しており、ユダヤ人の夢はアラブ人の悲劇として、また新たな戦いが始まっています・・・

 

故郷をおわれ、定住できる土地を持てなかったことで、ユダヤ人のつける仕事は限られていました

また、民族の団結を優先し独特の習俗をまもるユダヤ系の人々をヨーロッパの人々と絶えず軋轢があったようです。そんなユダヤ人が見つけた天職が、「金融」です。しかし金融業(金貸し)で成功していく姿は、また別の差別を生んでいくのでした

 

以下、ユダヤ人と金融のつながりをブログより転載させていただきます

 

 

 (参照:金融の元祖ユダヤ人より) 

https://tanakanews.com/b0201jew.htm

  

シェークスピアの「ベニスの商人」に出てくる悪役のユダヤ人シャイロックに象徴されるように、中世ヨーロッパでは多くのユダヤ人が高利貸しを生業としていた。他人に貸した金から利子をとることはキリスト教が禁止していたため、それに手を染めるユダヤ人は欲深い罪人というイメージを持たれていた。 

実はユダヤ教においても、利子の徴収は原則として禁じられていた。むしろ、一神教の元祖であるユダヤ教が利子を禁じたから、そこから派生したキリスト教やイスラム教もまた、利子を禁止したというのが、歴史の順番であろう。とはいえ、キリスト教などは利子の徴収を完全に禁じたのに対し、ユダヤ教は例外として異教徒(外国人)から利子をとることは許していた。

 

そのため11世紀に、バチカンのキリスト教会がユダヤ人をほとんどの職業から追放した後、ユダヤ人にとって数少ない収入源として残ったのが、高利貸し(質屋)や金塊の保管人、両替商(貿易決済業)など、利子を取り扱うことが多い金融業であった。教会という中世ヨーロッパの支配者が、ユダヤ人をそのような立場に追い込んだ理由は、社会の共通の敵を設定することで、自らの権力を安定させるためだったと思われる。(記事「聖地争奪戦:一神教の近親憎悪」参照)

 

だがその後、ヨーロッパでは貿易の活発化や産業革命を経て、経済の中心が農業から工業に移った。国家の主目的は、大資本をかけて大きな工場を作り、製品を大量生産することで巨額の利益を出せる体制を作ることになった。このような近代化が進展した背景には、政治と宗教を分離した宗教改革があった。中世には、キリスト教会が政治権力や司法権をも握っていたが、プロテスタント運動など宗教改革によって、政治権力や司法権は「国家」を握る国王に移り、その後フランス革命などを経て、国民が力を持つようになった。 

ヨーロッパの政教分離は同時に、経済の前提も変えることになった。教会は人々の経済活動に口出しできなくなり、「利子」をとることが悪事ではなくなったのである。ところが、それまで利子が罪悪だっただけに、利子を受け渡ししながら巨額の資金を集め、資本として使うという近代経済の技能は、ほとんどの人々にとって未知のものだった。その技術を持っていたのは、ほかでもないユダヤ人だけであった。

 

 

弾圧から生まれた金融技術

 中世には、弾圧を受けたユダヤ人の移住が何回も起きた。11世紀には、十字軍やイスラム帝国分裂の影響で弾圧された中東のユダヤ人が、ベネチア(ベニス)などに移住した。15世紀には、スペインでキリスト教王国がイスラム王国を倒したことにともなってイスラム王国に協力したユダヤ人への弾圧が強まり、ユダヤ人は全員がキリスト教徒に改宗するか追放されるかの選択を迫られ、多くが北アフリカやトルコ、ベネチアなど地中海沿岸の商業都市に移住した。

 このような移住は、たとえば以前にスペインの金融業界に属していたユダヤ人金融家が、トルコやベネチアに信頼できる同業者がいるという状況を生んだ。彼らはこの離散状態を生かし、遠い町との貿易決済業にたずさわるようになり、為替技術を発達させた。さらに彼らは、貿易商人から毎月いくらかの積立金を徴収し、船が海賊や遭難の被害にあったときの損失を肩代わりするという保険業や、事業のリスクを多人数で分散する株式や債券の考え方を生み出した。

 一方、中世にはユダヤ人だと分かっただけで財産を没収されることがあったので、ユダヤ人にとって自らの名前を書かねばならない記名型の証券は安全ではなかった。そのためユダヤ人の金融業者たちは、無記名の証券(銀行券)を発行・流通させる銀行をヨーロッパ各地で運営していた。この技術は、やがてヨーロッパ諸国が中央銀行を作り、紙幣を発行する際に応用された。

 こうしてみると、銀行、為替、保険、証券、債券といった現在の金融業態のすべてに、ユダヤ人は古くからかかわり、金融システムの構築に貢献したことになる。中央銀行や株式市場ができて、ユダヤ人金融業界内部にあった金融システムを国家が肩代わりしてくれることは、地位が不安定なユダヤ人にとっては資産の安全性を確保できる望ましいことだった。

 彼らはシステムを囲い込むことをせず、積極的なノウハウの提供を行ったが、それは自分たちのルールを世界に通用させることにつながった。はるか後の現在まで、ユダヤ人の銀行や証券会社が金融市場を牛耳ったり、中央銀行の決定に影響を与えたりできるのは、この「創業者利得」から考えて、歴史的必然であるともいえる。シャイロックに象徴されるベニスの商人とその同僚たちがいなかったら、現在のような金融ビジネスは生まれなかっただろう。

 

▼大英帝国とロスチャイルド家

 産業振興や、市場獲得のための侵略戦争など、国家の運営に必要な資金を最も上手に調達できるユダヤ人は、ヨーロッパの各国の王室にとって、なくてはならない存在となった。各国政府の中枢に食い込むことは、差別されやすいユダヤ人にとっては安全確保の手段でもあった。

 ヨーロッパ各国政府のなかで、最もユダヤ人に寛容なのはイギリスであった。イギリスは政教分離や国家の近代化、産業革命が大陸諸国よりも早く、ユダヤ人を重用することの利益が明確だったからだろう。

 各地に分散するコミュニティをつないで、貿易や為替、金融の取引をしていたユダヤ人の技能は、世界各地に設立した植民地を一体運営する「大英帝国」の発展にも役立った。イギリスでは1858年からユダヤ人でも国会議員になれたし、19世紀の後半には、大蔵省や外務省などの官庁に、かなりの数のユダヤ人官僚が在籍していた。

 この時代に民間資本家として、イギリスの国家運営に最も影響を及ぼしたユダヤ人は、ロスチャイルド家の人々であった。この一族は、もともとドイツ・フランクフルトのゲットーにいた高利貸しだったが、1793年に始まったナポレオン戦争の後、ヨーロッパで多発するようになった国家間戦争のための資金調達をあちこちの政府から引き受けることで、急速に力をつけた。

 一族のうちの一人は1797年、産業革命が始まっていたイギリスに進出し、綿花産業への資本提供やドイツなどへの販路拡大を引き受けて大成功し、イギリス政府に食い込んで資金調達を手伝うようになった。

 ロスチャイルド家がたどった歴史の詳細は、よく分かっていない。彼らは他のユダヤ人資本家と同様、自分たちに関する情報が広がって反ユダヤ弾圧に使われることを恐れ、亡くなった家族の日記や手紙、メモなど一切の記録を焼いてしまうような情報管理を行っていたためである。実態が分からないので、仕方なく反ユダヤの人々は「陰謀家」のレッテルを一族に貼り、マイナスのイメージを語り継ぐようになった。

 ロスチャイルドは、稼いだ金をふんだんに使って慈善事業を展開することでも知られていた。その事業の一つに、19世紀末に帝政ロシア政府が国内のユダヤ人に対する激しい弾圧を展開し、多くのユダヤ人がロシアを逃げ出したとき、彼らを後に「イスラエル」となるパレスチナに移民させ、資金を出して集団農業を作ったことがある。この事業こそ、イスラエルの建国とパレスチナ問題の発生につながる最初の起源であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ロスチャイルド財閥の創始者

 

マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド

生誕;1744年

死没:1812年

  

ロスチャイルド家の公式な歴史は、1744年にドイツのフランクフルトで生まれた、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド(ロスチャイルド1世)の活動とともに始まっている。

 

彼は少年時代にユダヤ教のラビとして教育され、商人であった父親からは商売を仕込まれた。彼は最初、ハノーバーの「オッペンハイム銀行」に見習いで入ったが、やがて独立して両替屋である「フランクフルト・ロスチャイルド商会」を営んだ。

 

26歳の時に、フランクフルトの領主であるヘッセン侯爵家のウィリアム皇太子(のちのウィリアム9世)に金貨を売ったことがきっかけで“御用商人”に登録され、そのうちにヘッセン侯爵家の財政や国際的な資金調達の仕事に深くかかわるようになり、「宮廷のユダヤ人(ホフ・ユーデン)」の一人となった。 

 

●ロスチャイルド1世は非常にラッキーマンであった。1785年にヘッセン侯爵が亡くなると、その子ウィリアム9世は4000万ドルもの財産を相続した。これは当時のヨーロッパで最大の私有財産と言われている。更にウィリアム9世は、自国の国民を全ヨーロッパの君主に「傭兵」として貸し付け、莫大な富に莫大な利益を加算させていった。

 

1801年、ロスチャイルド1世はヘッセン侯爵家の「銀行事務弁理人」に任命され、当時のヨーロッパ最大の資本国の金庫の管理を任されたのである! 更に、1806年にナポレオン1世のヨーロッパ遠征が始まると、フランクフルトのウィリアム9世は領土を放棄しなければならなくなったのだが、その時に、その巨万の財産を安全に保管するようロスチャイルド1世は命じられて、彼はそれを安全地帯であるロンドンに送って息子に管理させることとなった。このヘッセン侯爵家の財産こそロスチャイルド家の巨万の富の出発点となったのである。 

 

●ロスチャイルド1世には5人の息子がいたのだが、それぞれをヨーロッパ列強の首都に派遣して次々と支店を開業させ、それぞれがロスチャイルドの支家となった。

 

三男ネイサン(ロスチャイルド2世)は1804年にロンドンに派遣され、そこで支店「ロンドン・ロスチャイルド商会」を出した。次男サロモンはウィーンに、五男ジェームズはパリに、四男カールはナポリに支店を開業し、長男アムシェルはフランクフルト本店に残った。

 

彼ら5人の息子はそれぞれの国の政府と癒着して“貴族”の称号を得て、政治的にも活躍し、今日の“ロスチャイルド金権王朝”の基礎を作ったのである。

 

ロックフェラー家は石油業がきっかけで成長したが、ロスチャイルド家は銀行業がきっかけであった。ロンドン支店はあくまでも金融中心に発展を遂げていった。それに対してロスチャイルド3世のパリ支店は金融だけではなく、やがて新しい交通手段として登場した鉄道の将来性に着目して鉄道事業に進出(1835年)し、「ヨーロッパの鉄道王」としてそれを支配した。

 

また南アフリカのダイヤモンド・金鉱山に投資し、更にはロシアのバクー油田の利権を握って「ロイヤル・ダッチ・シェル」をメジャーに育て上げるなど、情報・交通・エネルギー・貴金属を中心とした実業中心の膨張を遂げていくこととなった。 

 

●1814年に東インド会社のインド貿易独占権が廃止されると、ロスチャイルド家が利権支配するようになった。1862年には、ロスチャイルド家を訪問したナポレオン3世と金融提携をし、1870年にはバチカン融資を開始し、ロスチャイルド家がカトリック教を金融支配するという事態になった。

 

1875年にはロスチャイルド資本の融資によってイギリス政府がスエズ運河会社最大の株主となり、ロスチャイルド家はイギリス政府&ヨーロッパ王室との癒着を更に深めていくのでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■総資産1京円!? 銀河系レベルの金持ちとは?

 

(YAHOO知恵袋より) 

1940年当時のロスチャイルド一族は約5000億ドル、アメリカの全資産の2倍、全世界の富の50%を支配していたと推定されている

 

1京円とは、大げさすぎですが、実質的なロスチャイルド家が保有する総資産が三菱グループ以上にあるでしょう。 

ユダヤ陰謀論などと否定する方もいますが、さまざまな裏付けによって、事実と言っても過言ではないです。ロスチャイルド系企業については、NMロスチャイルド&サンズが中心です。

 

他にも、HSBCホールディングス(世界最大規模の銀行)、スタンダードチャータード銀行(イギリスの大手銀行)、ジャーディンマセソン(香港最大の企業グループ)、ロイヤルダッチシェル(世界第2位の石油企業)などなど多数あります。

 

まず、はじめに香港上海銀行(HSBC)について知ってみてください。香港上海銀行は、名のとおり中国系企業に聞こえますが、イギリスの会社です。

そして、何より中国の香港の公式通貨である香港ドルは、誰が発行しているものでしょうか?

 

それは、ロスチャイルド系銀行の2行である香港上海銀行と、スタンダードチャータード銀行。

そして、サブとして中国系の中国銀行香港支店がありますが、イギリスの銀行が今でも香港ドルを発行しているなんて、おかしいと思いませんか?

 

ロスチャイルドは「通貨発行権」を非常に重宝しています。 

ちなみに、イギリスの公式通貨であるポンドを発行しているのはイングランド銀行。ロスチャイルドは、イングランド銀行も支配下に置いています。

 

もし、国家の公式通貨の発行権(お札を合法的に刷り放題)をもったら、その人は、もうお金持ちという次元ではないですよね。

 

さて、ここまでは、ロスチャイルドは、イングランド銀行(イギリス・イングランドの中央銀行)と香港の通貨発行銀行を牛耳っています。そして、次にFRB(連邦準備銀行)です。

 

アメリカの中央銀行に相当する組織で、世界の基軸通貨である米ドルを発行している銀行です。

銀行といっても、アメリカ政府系ではなく民間銀行です。

 

FRBというシステムを作ったのは、イギリス出身でロスチャイルドの代理人でもある、ジョン・モルガンという男です。詳しくは、FRBの歴史について検索してみてください。

 

さて、ロスチャイルド家の総資産は、公式上では推定5兆円あるかないかだと思います。

ビルゲイツと同格程度でしょう。(ロスチャイルド家全員で、やっとビルゲイツに匹敵)

 

しかし、ロスチャイルド家は、相続税を逃れるために、さまざまな企業の株式・会社としての資産に個人財産を隠していたり、スイス銀行への秘密口座、イギリスやイスラエルへ政府機関を建設してあげたりなど、あらゆる方法で隠しており、その資産総額の実態はつかむことはほぼ不可能です。

 

しかし、米ドル、英ポンド、香港ドルの通貨発行権さえ握っていれば、1京円にも化けるでしょう。 

しかし、通貨発行権を無視してでも500~1000兆円くらいあるでしょう。

 

そして、通貨発行権で自由自在にお金を刷れるという点で、比喩と、無限大の意味を込めて1京円という噂が広まりました。 

どちらにせよ、三菱グループやロックフェラーなどでは、勝てる領域ではありません

 

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コメント: 3
  • #1

    めめむ (金曜日, 23 12月 2016 12:02)

    ものすごく勉強になりました。
    現在、テレビ等で聞くお金の桁は、「兆」ですが、その上の「京」は、聞かないな、そこまでの
    金額は持ち得ないのかと思っていましたが、居るのですね。
    この情報にたどり着いただけでもすごいと思いました。
    お話ありがとうございます。

  • #2

    h (水曜日, 24 5月 2017 14:38)

    通貨発行権を持っているとしても
    刷れば通貨価値が下がる訳なのですが
    そこらへんはどうお考えなのでしょうか?

  • #3

    (木曜日, 04 7月 2019)

    世界の商品にロスチャイルドの財源と政治資金が関係しているのですか。