世界最強!ヤクルトおばちゃんの知られざる世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■世界最強! 知られざるヤクルトおばちゃんの世界

 

昔、自衛隊の専門誌に

「ヤクルトおばさんはソ連の情報部員ですら入れない部署にまで堂々と入ってくる」と書いてあったそうです(>_<)

 

ヤクルトさんは、世界で初めて?託児所を100%完備し、子育て世代、とくにシングルマザーを積極的に雇用した偉大な会社だと思っています。そして同じ理由で、ヤクルトおばじゃんの根性(営業力)は半端ない((+_+)) 見逃しがちですが実は世界に通じるグローバルカンパニーなのではないでしょうか?

 

あなたの職場にも現れるヤクルトおばちゃん(現・ヤクルトレディー)の知られざる世界を紹介していきます。

 

「ヤクルト」というのはスゴイ会社です。正確に言えば、「ヤクルト」という乳酸飲料がスゴイ、のではなく、「ヤクルトレディ」というシステムがすごい会社です。それはいち早く、「女性による個宅販売」という仕組みに着目し、組織作りをすすめた戦略の賜物でした。

 

ヤクルトレディの販売方法は、他にも独特の仕組みがあります。

 

・固定給でなく歩合だ

・ヤクルトおばちゃんは、朝、必要なヤクルトを販売店から購入し手売りをしていく (※売れ残りはおばちゃん負担)

・おばちゃんの愛想1つでおばちゃんは、儲かる(らしい)。本社はもっと儲かる。

 

乳製品は、健康によく、毎日飲むことに意味がある、というイメージもあるので、実はよく考えられたビジネスモデルです。 

 

国内のヤクルトレディーは73年度の6万5700人をピークに減少傾向にあるといわれ。優秀な販売員が生命保険会社に引き抜かれるケースも多いものの、女性が働きやすい環境を整えたことが飛躍のきっかけをつくりました。

 

女性の社会進出が難しかった昭和40年代、ヤクルトはいち早く女性(おばちゃん)の能力に着目し、販売店に託児所を併設し、おばちゃんにとって働きやすい環境を実現。いままで働きたくても働けなかった多くの女性の社会進出を実現させました。この中には、シングルマザーのお母さん達も多く含まれます。

 

こうして採用されたヤクルトおばちゃん達の根性は半端なく、また手売りというビジネスモデルを最大限に生かし、あなたの職場、病院、学校、警察署。はたまた機密に守られた自衛隊までおばちゃん達が侵入してくる?こととなったのです^^

 

 

「ヤクルト」は世界を制するビジネスモデルになり得た理由 

レディのやる気に火を点け、それを高める「仕掛け」と「工夫」があるからです。「やる気がある女性が稼げる」という環境を作った、ということではないでしょうか?

 

いま、ヤクルトレディは日本だけではなく全世界にいます。世界31カ国・地域で事業を展開。販売を担う「ヤクルトレディ」も海外では4万1600人と、日本の4万600人を上回りました。

 

日本のママさん達を助けたように、ヤクルトは世界中の働く女性を助けるビックカンパニーです

 

一説には、ヤクルト本社が運営するプロ野球のヤクルトスワローズは、一人ひとりが個人事業主であり、基本仲の悪いヤクルトおばちゃんの連帯を深めるため、本社が用意した連帯意識を高める装置との指摘があり、都市伝説レベルのお話しでは、ドラフトの指名の際には、おばちゃんが喜ぶイケメン選手を優遇されるそうです

 

またヤクルトスワローズは、数年前には、母親がヤクルトおばちゃんだった増渕選手をドラフト1位で指名しました。

増渕選手は、女手一つで、息子をプロ野球選手にまで育てあげたお母さんのため感謝し、契約金で、弟の学費をねん出、さらに将来の夢として、プロ野球選手として成功し、お母さんに家を買ってあげることを誓いました

 

CSR(企業の社会的責任)が、求められる中、ヤクルトは本業をつうじ、社会を明るく豊かに、そして健康をつくる会社として、生長をつづけています。コミュニケーションがへり、便利な世の中、ネットの世の中になる中、手売り商売をつづけるヤクルト本社の逆張り経営は、22世紀のビジネスモデルなのかもしれません。

 

ヤクルト、そしてヤクルトおばちゃんの快進撃に要注目です(ー_ー)!! 

 

 

 

 

 

 

 「人も地球も健康に」 

 

 

 

 

 

 代田 稔(しろた みのる)

生誕:1899年4月23日 

死没: 1982年3月10日

 

日本の医学博士、実業家。ヤクルトの開発者で実質的な創業者。長野県下伊那郡竜丘村(現飯田市)出身

 

ヤクルトの創始者で医学博士の代田 稔が京都帝国大学(現在の京都大学)で医学の道を歩みだしたのは1921年。その当時日本はまだ豊かとはいえず、衛生状態の悪さから感染症で命を落とす子供たちが数多くいました。

 

そんな現実に胸を痛めていた医学生時代の代田は、病気にかかってから治療するのではなく、病気にかからないようにする「予防医学」を志し、微生物研究の道に入ります。

 

そこで乳酸菌が腸の中の悪い菌を抑えることを発見、これをさらに強化培養することに世界で初めて成功します。

 

それが、今日「乳酸菌 シロタ株」と呼ばれる学術名 ラクトバチルス カゼイ シロタ株という乳酸菌です。

 

その後、代田は、生きて腸内に到達し、有用な働きをする「乳酸菌 シロタ株」を、一人でも多くの人々に摂取してもらうため、有志と共に安価でおいしい乳酸菌飲料として製品化します。そして1935年、乳酸菌飲料「ヤクルト」が誕生しました。

 

また代田は、多くの人にヤクルトを飲んでもらうため1本の値段を安くすることも提案し、いまもヤクルトの値段は誰でも買えるリーズナブルなものに据え置かれています。

世界の人々の健康を守りたい。代田 稔の情熱と発想、飽くなき探究心は、今も、脈々と受け継がれています。

 

ヤクルト本社とは

株式会社ヤクルト本社(ヤクルトほんしゃ)は、日本の飲料・食品・化粧品・医薬品メーカーである。乳酸菌飲料メーカーとしては国内最大手です。プロ野球チーム「東京ヤクルトスワローズ」の親会社である。そのため、杉浦享や青柳進、萩原多賀彦、五十嵐貴章、花田真人等の元スワローズの選手が何人か社員として在籍しています。

 

連結:3125億5200万円単独:1752億2000万円(2012年3月期)

コーポレート・スローガンは「人も地球も健康に」。

  

 

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コメント: 1
  • #1

    宇田川郁代 (木曜日, 11 8月 2016 17:52)

    代田稔さんの人・研究・ヤクルトすばらしいです。
    感激しています。
    わたしは宇田川郁代といいます。
    山口家の家系図を今作っています。
    宇田川に嫁ぐ前は山口でした。
    亡くなった父より未完成の山口家の家系図をもらい、書き足してます。
    父の2代前の山口家に嫁いできた人が下伊那竜丘村駄科の代田半七の娘
    代田か免さんでした。
    代田半七は長野県下伊那郡竜丘村の人です。
    か免さんの息子は医者となり、伝染病の研究をしました。
    同じ竜丘村のすばらしい人に出会えました。
    ヤクルト毎日飲んでいます。
    お仕事がんばってください。

    これからも宣伝します。