「なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか」と二宮尊徳

なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか?のこぼれ話 二宮尊徳編

  

 平成31年4月、家訓二スト協会から第二弾となる「なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか」を発刊させていただきました。執筆のきっかけとなったのは、家訓の研究を続けていく中で、日本のとてつもない潜在力に気づき、この事実を多くの人に知ってもらいと思ったからです。

 

幕末の時代には、西欧列強の植民地化をしのぎ、また大東亜戦争後には焼野原となった国土から、

わずか数十年で世界有数の経済大国にのぼりつめました。そんな国は世界中さがしても1つもありません。奇跡の国の日本。そんな日本をつくったキーパーソン達を著作のなかで紹介しています。

 

家訓ブログのなかでは、文字数の関係で紹介しきれなかった偉人達のあゆみをよりディープに紹介していきます。第1回目は、日本のリンカーン・二宮尊徳先生です。リンカーンは、創世期のアメリカをけん引したリーダーです。実は二宮尊徳を「日本のリンカーン」と評したのは、占領期のGHQで日本を研究したアメリカ人の将校でした。

 

占領軍をも魅了した二宮尊徳の偉業を紹介していきます

道徳なき経済は犯罪であり実践なき道徳は寝言である

  

二宮尊徳(にのみや たかのり/にのみや そんとく)

生誕:1787年9月4日

死没:1856年11月17日

 

薪を背負いながら本を読む姿の像で有名な江戸時代後期の農政家&思想家。通称の「金治郎(きんじろう)」の名もよく知られている(一般的には「金次郎」と表記)。私利私欲に走るのではなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されるという「報徳思想(ほうとくしそう)」を説き、疲弊していた多くの農村を救った。

 

■二宮尊徳とは? 

…4歳で土地を喪失!10代で両親を亡くし、20歳で実家を再興した江戸時代後期の農政家、再建コンサルタントであり、協同組合のルーツ”五常講”をつくった人…

 

▽困っている人にお金を貸すのは仁(思いやり)。

▽それを返すのが義(ルールを守る)。

▽利子を付けるのは礼(マナー)。

▽そのために工夫するのが智(知恵)。

▽こういう関係で結ばれているのが信(信頼)。

  

一般的には、二宮尊徳と聞くと、薪をせおいながら勉強をした銅像のイメージが先行しています。その半生は、小田原を中心に、農村の振興につとめたことが評価され、その後、日本中に出向き、多くの功績をのこしたことも知られています。また『報徳』の心は、日本人の規範意識となっていき、いまなお尊敬をあつめる偉人です。

 

いまや世界第二位の経済大国となった日本という国は、「勤勉」な国民性を世界中で高く評価されています。ではこの「勤勉」さはどこからやってきたのか?という疑問がわきます。古くは縄文、弥生時代から、あるいは武士道がそうさせたとか・・・ この問いに、戦後日本の占領政策をになったGHQのインボーデン少佐は、二宮尊徳の功績であるとの論文を発表しています。いわく「二宮尊徳はアメリカのリンカーンにも比すべき人物である」っと

 

江戸時代の農村振興にとどまらず、日本人のアイデンティティをつくり、なおかつ現代にもおいても、「報徳思想」の信奉者たちによっていまなお社会に豊かさを提供している。それが日本のリンカーン、二宮尊徳という男です。 

 

 

■道徳なき経済は犯罪であり実践なき道徳は寝言である

 

二宮尊徳は、ただの思想家でなく実践者でもありました。多くの実績はもちろん、書籍や弟子たちによって伝えられる足跡は多くの金言で満たされています

飢饉や幕末の混乱で疲弊した農村を救った尊徳先生。倹約や勤勉の素晴らしさを説く一方、いまの信用組合(銀行)に似た仕組みを導入しお金の流通が人々の暮らしを豊かにしていくことを証明してみせました。

 

そんな尊徳先生の残された金言の1つが

「道徳なき経済は犯罪であり実践なき道徳は寝言である」との一文です

 

先生は、口ばっかりで何もしない学者や坊主を嫌っており、絶えず実践できる道徳を模索していました。また儒教の教えでは忌み嫌われる「商い」こそが人々の暮らしを豊かにすことを実践で証明しています。現代でも、企業の社会的責任と訳されるCSRが注目される中、200年まえ尊徳先生が説いた企業のモラールはもっと実践的で、もっと気高いものでした。

 

CSRが会社の利益からちょこっと持ち出しをして、花を植えたりする程度のものですが、尊徳先生から連なる「報徳思想」の経営者たちは、本業を通じての社会貢献こそが大事であること、またいいことは黙ってやるから価値とする陰徳の実践者たちを生み出していきました

 

二宮尊徳の「報徳思想」に共感し、いまも実践を続ける経営者(または法人)は次のような名前があげられます

 

・豊田佐吉       豊田自動織機を創業。貧しい大工であった父親の伊吉が尊徳先生の高弟に師事。

・安田善次郎   安田財閥

・渋沢栄一       日本資本主義の父。500あまりの企業を創業

・松下幸之助   松下電器を創業。PHP出版をたちあげ倫理観の醸成にも苦心

・御木本          世界初の真珠の養殖に成功

・稲森和夫       京セラを創業

 

あなたが通った学校にも校庭の隅に薪を背負った二宮金次郎の像があったかもしれません。

尊徳先生の功績は、古い思い出のなかにあるだけでなく、いまも志を受け継いだ多くの商人たちによって日々実践されています。

 

 

■とてつもない男・二宮尊徳 

 

(参照:二宮尊徳 スーパースターより)

http://homepage1.nifty.com/rekisi-iv/ninomiya/ninomiya-main.htm

 

イメージと実像は大違い    

勝海舟が「氷川清話」の中で、二宮尊徳について次のように述べている。 「いたって正直な人だったよ。だいたいあんな時勢にはあんな人物がたくさんできるものだ。時勢が人を作る例は、おれは確かに見たよ」  めったに人を誉めることの無かった勝海舟が、二宮尊徳についてだけは格別の評価をしている。幕末という時代が生んだ偉大な人物の一人として扱っているのである。  だが、二宮尊徳、この誰もが知っているであろうビッグネームについて、我々現代人はどのようなイメージを思い浮かべるであろうか? 小学校にたつ謎の銅像の主?そして近年では、薪をせおって本をよむ銅像を「歩きスマホを助長する!?」とのトンチンカンな議論もはじまりました。さらに軍国主義をイメージする人も・・・ 知っているようで殆どしらない尊徳先生の歩みをあらためて考えます。

 

 ゆがめられた金次郎像

ダイナミックで人間くさい二宮尊徳が、なぜ刻苦勉励の象徴として、各地の小学校の片隅に銅像になって祭られることとなってしまったのであろうか?  それは、ひとえに戦前の教育にあります。GHQのインボーデン少佐は、戦時中に刻苦勉励の象徴となっていた二宮金次郎について、軍国主義的だとして否定するどころか、意外にも逆に以下のように述べて誉め称えている。 「二宮尊徳翁は、日本のアブラハム・リンカーンである。自由と民主主義を日本で初めて実践した人物である」  表面だけをとらえて利用しようとした日本の軍国政府よりも、外国人の方が実際をよく分っており、評価も的確である。

 

マーケティングの鬼・ コンサルティングの神(科学的経営管理 ) 

そこで今、こうしたバイアスや先入観を取り除いて、純粋に事実だけを追って、彼の生きざまを描いてみたいと思う。  彼がやったことは、一言で言えば、関東周辺十一ヶ国に及ぶ、荒廃した農村の復興である。今日で言えば、傾いた会社を次々に立て直していったといったところであろうか。  それを、彼は「尊徳仕法」という独特の標準化された手法により、実現したのである。

 

「尊徳仕法」とは、データに基づき、目標値を立て、実行計画を遂行していくという管理手法である。それは今日のQC(QUARITY CONTROL=品質管理)手法にも通じるものである。  戦後、日本が飛躍的な経済成長を遂げた背景に、製造業におけるQCの盛んな導入があったのは間違いない。農業=製造業であった江戸時代において、既に二宮尊徳はこのような科学的経営管理法を考案し、そして実践していたのである。  尊徳の手法を現代の品質管理経営と照らし合わせながら見てみると次のようになる。

 

 

・方針管理経営:管理項目、すなわち目標値を、誰にも納得のいく具体的な数値で表した。

・上流工程重視:企画や設計など、農村復興のための上流工程を重視した。

・現場第一主義:自らの足で回村するなど、現場を見ることを大事にした。

・フラット組織:名主などの中間管理職に代表されるピラミッド組織を通さずに、直接プロジェクトメンバ(つまり農民)一人一人を個別掌握した。

・コミュニケーション重視:比喩を駆使して分かりやすいコミュニケーションに努めた。

・モラール向上:表彰制度等、やる気を起こさせること、すなわち動機付けを常に考えた。

・標準化:仕法をドキュメント(文書)化し、弟子たちに伝えて横展開を図った。

 

現代ビジネスマンも学びたい尊徳の生き方  

封建制度というがんじがらめの仕組みの中で、最大限の成果を上げた彼のこのようなマネジメント手法は、今日の「会社」という制約条件の中で懸命に生きている現代のビジネスマンやプロジェクトリーダにとっても、大いに参考になるのではないでしょうか?

 

■「報徳訓」

一、父母の根源は、天地の命令にあり

一、身体の根源は、父母の生育にあり

一、子孫の相続は、夫婦の丹精にあり

一、父母の富貴は、祖先の勤功にあり

一、吾身の富貴は、自己の勤労にあり

一、自命の長養は、衣食住の三にあり

一、田畠山林は、人民の勤労にあり

一、今年の衣食は、昨年の産業にあり

一、来年の衣食は、今年の艱難にあり

一、年々歳々、報国を忘るべからず

 

既徃の事を鑑みて前途の事を計画せよ、勇断なき人は事を為す事能はず。

 

参照:尊徳二宮神社HPより 

http://www.ninomiya.or.jp/sontoku/houtokukun/

 

報徳訓  

当神社の御祭神である二宮尊徳翁は日本と日本の人々の心の中に報徳の道という偉大なる精神を残されました。この尊徳翁の精神は永遠に変わることのない真理を貫き、時代における人づくり、国づくりの土台となる精神であります。その精神(報徳の道)をわかりやすく表現しているのが報徳訓であります。 

 

父母の根元は天地の令命にあり 

尊徳翁は万物の根元を神として敬っておられました。そして、その父母として伊邪那岐、伊邪那美の大神を敬っておられました。尊徳翁は幼い時に亡くなられた御両親を思うにつけても、我が身の貴さを深く考えました。天地の令命、すなわち永遠の真理を悟られた言葉といえるでしょう。 

  

身体の根元は父母の生育にあり 

過去・現在・未来において貴重な身体は、いうまでもなく父母より授かったものであります。言い換えれば父母の分身であります。この父母

が我が身に施した徳は、限りない愛情とたゆまぬ養育の努力以外の何ものでもありません。しかし、父母の生育も、その父母の根元である天地の恵なくしては現在はありえません。 

 

子孫の相続は夫婦の丹精にあり 

各個人の心を受け継ぐ、家を継ぐ、ひいては国、社会、人類の歴史を継ぐべき使命の若者達の進歩発展は、一口に一円融合の精神をもってなされることであります。現在繁栄している全てのものに共通していえることは、良き後継者を残すためには、それ相当の必然性を必要とするということです。  

 

父母の富貴は祖先の勤功にあり 

伝統には有形無形があり、日本伝統の遺物遺産とは現代日本人の環境であり性質であります。また、伝統的精神とは現代日本人の心ではなく、現在に至るまでの日本人の心であります。先人が努力した有形無形の力は、日本人

の伝統としていきております。 

 

吾身の富貴は父母の積善にあり 

父母の子孫にたいする精神や恩もまた伝統であります。しかし、あまりに身近であるが為に気づかず、また、あまりに大きなものであるがためにとらえにくいものです。成長した現在の自分を振り返ったとき、全てが父母の積善勤功によるものだと気づくでしょう。

  

 子孫の富貴は自己の勤労にあり 

祖先の精神文化を、より正確にさらに前進するよう近代化し、それを子孫に伝えていくことは、一中継者として自己の義務であり、子孫繁栄の道を切り開くものでもあります。 

 

身命の長養は衣食住の三にあり 

人間が生きてゆく為に必要なものは、衣食住の三つであります。これらを、自分の生活に合わせて節度をわきまえることは、天命の寿命を全うする最善の道であります。 

  

衣食住の三は田畑山林にあり 

田畑山林があれば必ず衣食住には困らないということではなく、田畑山林という自然と神の恩恵あってこそであるということです。また、自然破壊は天災につながることの証明でもあります。 

 

田畑山林は人民の勤耕にあり 

自然の持つ無限の徳は、人が手を入れて初めてその価値がでます。土地の価値をいかにして高めるか、また、産業においてもどのようにして発展させるかは、人々の努力と勤耕にあるのです。 

 

今年の衣食は昨年の産業にあり 

今年の衣食が整うためには、自然の道にのっとった産業界の昨年の苦労と努力があってこそです。このことは産業界だけでなく人生のあらゆる行為全てに通じるものです。

  

来年の衣食は今年の艱難にあり 

昨年の努力と丹精によって今日という現在があるのですから、今日という日々は未来のためにいっそう努力しなければなりません。日々努力し継続することは大変なことでありますが、しかし、その辛さに打ち勝ってこそ期待すべき未来があるのです。

  

年々歳々報徳を忘るべからず 

この最後の言葉は、それぞれの項の最後につくべき言葉であります。物事をこのような精神で考えることこそ、明るい社会の建設に一番大切なことであり、この精神の考え方や生活態度を、現代日本人の生活の基本として忘れてはならないのです。 

 

       

■『報徳思想』とは?

報徳とは、徳に報いること。これを家訓ニストは、道徳とは実践であるっというキーワードに加え、自分の本分を守ること、そして、ありがとうという。そして「ありがとう」と言われるに人間になるっと解釈しました。 また、小田原の報徳博物館の佐々木館長は、こんな詩をよせ「報徳の心」を説明されています

 

「万象具徳」(ばんしょうぐとく)  

どんなものにも よさがある   どんなひとにも よさがある

よさがそれぞれ みながちがう よさがそれぞれ みなちがう

よさがいっぱい かくれている  どこかにとりえが あるものだ

もののをとりえを ひきだそう  ひとのとりえを そだてよう

自分のとりえを ささげよう

とりえととりえが むすばれて この世は 楽しい ふえせかい

 

 ■家訓二ストの挑戦

 

「正しい習慣」とは、ささやかな心がけ。

そんな心がけをもてる自分でありたいし、そんな素晴らしい人を一人でも多く増やすことが家訓ニストの願いです。

 

2015年6月に立ち上げた「家訓ニスト協会(仮)」もおかげさまで5周年をむかえ、19年度中には株式会社化をめざし鋭意打ち合わせ中です。

 

この間、「世界一簡単な幸せを招く家訓のつくり方」については、増刷を重ね第4版を数えるまでになりました。また、19年3月には、2冊目となる著書「なぜ一流の経営者は靴をそろえるのか」を発表。これまでのPTAを中心に、家庭教育、育児についてのセミナー開催に加え、企業様、経営者様向けの研修を充実させていきます。

 

家族を守るものが「家訓」であるならば、会社、そして従業員さんを守るもが「社訓」です。家訓二ストは、家訓も社訓も一番大事なものは、「靴をそろえる」や「お天道様はみている」といった素朴な心根であると確信しています。当たり前のことを当たり前にやる。しかし、その当たり前が一番難しいもの・・・・

  

 

家訓ニスト協会(仮)は、世界平和を実現するために、「家族」の幸せを願います。それは難しいことでなく、「靴をそろえる」こと、「朝ごはんを一緒にたべる」こと、そんなどこにでもある普通の風景を積み重ねることで実現できると考えます。

 

これまでも、これからも、家訓ニストは、ノーベル平和賞をめざし、その歩みを進めてまいります

家訓ニスト、そして家訓ニスト協会の挑戦に、ご声援と「いいね」をおねがいします

 

 

2019年4月

家訓二スト協会(仮) 幡谷哲太郎

 

 ■ご購入はこちら 

書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

出版社: セルバ出版

価格 : 1,600円+税

 

URL  : http://www.amazon.co.jp/dp/4863672063