「最後の宮大工」西岡常一の家訓

 

 

 

 

 

 宮大工の家訓

『木を買わず森を買え』 

  

西岡 常一(にしおか つねかず)

生誕;1908年(明治41年)9月4日

死没:1995年(平成7年)4月11日)

 

飛鳥時代から受け継がれていた寺院建築の技術を後世に伝えるなど「最後の宮大工」と称された。文化財保存技術者、文化功労者、斑鳩町名誉町民。実弟西岡楢二郎も宮大工として父や兄を支えた。また、西岡棟梁の唯一の内弟子が小川三夫である

 

祖父常吉は晩年、一人前となった父楢光と常一に西岡家に代々伝わる口伝を教えた。これは一度しか口移しで教えることができない秘中の教えで、一つずつその意味となる要点を教え、十日後に質問して一語一句違わず意味を理解するまで次に進まなかった。

 

 

■宮大工・西岡家の家訓

 

神仏を崇めず仏法を賛仰せずして伽藍社頭を口にすべからず。

伽藍造営には四神相應の地を選べ。

堂塔の建立には木を買はず山を買へ。

木は生育の方位のままに使へ。

堂塔の木組は木の癖組。

木の癖組は工人たちの心組。

工人等の心根は匠長が工人への思やり。

百工あれば百念あり。一つに統ぶるが匠長が裁量也。 

百論一つに止まるを正とや云う也。

一つに止めるの器量なきは謹み惧れ匠長の座を去れ。

諸々の技法は一日にして成らず。祖神の徳恵也

 

西岡の述懐:

「法隆寺の棟梁がずっと受け継いできたもんです。文字にして伝えるんではなく、口伝です。文字に書かしませんのや。百人の大工の中から、この人こそ棟梁になれる人、腕前といい、人柄といい、この人こそが棟梁の資格があるという人にだけ、口を持って伝えます。(丸暗記してしまうと)それではちっともわかってない。

…そういうのはいかんちゅうので、本当にこの人こそという人にだけ、口を持って伝える。これが口伝や。

…どんな難しいもんやろかと思っていましたが、あほみたいなもんや。何でもない当然のことやね」

 

のちに、今上天皇(当時皇太子)に「口伝」について御進講したとき、いつのころからから伝わるかとお尋ねがあり、返事に困った西岡は先祖から代代伝わってきたので「年代はわかりまへん。」と奉答するのがやっとであった。

 

■最後の宮大工と学者との対立 

 

最新の科学の力をもってしても、伝統の力には勝てないこともあります。

先の東日本大震災の折、水戸市では震度6強の激震にみまわれ、昭和40年代に建てられた市役所も大きな被害をうけ、のちに取り壊されました。しかし同じ市内にたつ約200年前にたてられた弘道館(水戸藩の藩校)は被害が最小限におさまりました。これは、地震発生時に、建物が揺れることで被害を食い止めたと分析されており、先人の知恵が、昭和の土木技術をうわまっていたことを証明しました

 

構造計算や、杭うちの技術もないはるか古代から、日本の大工たちは自然をたくみにいかし、100年、1000年と耐えうる名建築をのこしています。現場でたたき上げた豊富な経験と勘は、学者や、コンピューターに勝るものなのです。

 

最後の宮大工・西岡は、多くの学識関係者が持論を述べても、堂々と反論し、そのたびに衝突を繰り返しました。常一は「学者は様式論です。…あんたら理屈言うてなはれ。仕事はわしや。…学者は学者同士喧嘩させとけ。こっちはこっちの思うようにする。」「結局は大工の造った後の者を系統的に並べて学問としてるだけのことで、大工の弟子以下ということです。」と述べて、学者の意見を机上の空論扱いして突き返しています

 

とくに、古代建築学の権威が創建時の法隆寺金堂の屋根は玉虫厨子と同じ錏葺きであったという説を指示したが、西岡はこれを拒否。一方は学会の権威、一方は勘がたよりの職人の意見であったが、結局、解体工事の際に跡を発見されて、西岡が主張した入母屋造りだったことが証明された。後に、西岡は「ありがたい釘穴やなあ。」と述べていた。学者同士の無意味な論争に業を煮やした時は、飛鳥時代は学者でなく大工が寺院を建てたもので「その大工の伝統をわれわれがふまえているのだから、われわれのやっていることは間違いない。」と言い放つこともあった。

  

 

■宮大工にまなぶ「本当の教育」

 

見習いの時から祖父常吉に、厳しく仕込まれ、まず大工としての基本である道具の研ぎ方をしこまれるが祖父は一切教えず、常一は覚えるまで毎晩のように研ぎ続けた。

 

後年常一は「頭でおぼえたものはすぐに忘れてしまう。身体におぼえこませようたんでしょう。」と述懐し、その大事さは「手がおぼえるー大事なことです。教えなければ子供は必至で考えます。考える先に教えてしまうから身につかん。今の学校教育が忘れていることやないですか。」と述べている。

 

その他「口笛は吹いてはならんとか、半てんの帯はきちんと結べとか言いました。だらしないのはいかんのでしょうな。」などの生活態度や、法隆寺は皇族を初めとする賓客が来るという理由から礼儀作法なども教えられたそうです。

 

教育の基本は、真似(マネ)です。赤ん坊は、母親のマネをし、そして学校にいけば友達や先生のマネをして育ちます。

日本語の「学ぶ」は「真似ぶ」、すなわち「真似をする」だと言われてます。

 

 反復、繰り返し、物まね、フィードバック(反応)、実行から教育は始まります。

とくに職人の世界では、師匠の技を「盗む」ことが求められます。

 

戦後、個性が強調され。真似は、悪だという風潮がある。しかし、個性は、真似によって殺されはしない。むしろ、他人を、まねるから個性は、強調される。絵画の勉強で、人の絵を映すことが重視されているように、教育においてまねることは重要なのではないでしょうか?

 

簡単に覚えるものは、簡単に忘れやすいものです。いまこそ、職人たちが培ってきたマネをする教育。そして盗み取る技術が必要なのではないでしょうか?


荒れる教育現場や、引き籠もりやニートの問題なのは、こうしたマネをする教育。そして身体で覚える教育の欠如がもたらした副産物なのかもしれません。

 

そして、宮大工西岡を育てた祖父の教えを考えると、身体で覚えることの大事さと、躾の重要性が問われていることが分かります。

  

清く、正しく、美しく。その手本を作り出し。それを真似させ。写させる。それこそが、教育の原点です。その為には、子供に見られて恥ずかしいと思うような生き方をすべきではない。堂々たる人生を歩むべきなのである。そして、それが、教育の一番の教材なのかもしません。

 

 

■世界に誇る日本の『職人』

 

おなじコンビニでもただのバイトと、職人のバイトがいます。

片方はやらせているだけ、本人の成長にもつながらず毎日がただ過ぎるだけです。しかし、職人のバイトさんはどうでしょう?自分の持ち場をきちんとまっとうし、日々改善を心掛ける。おなじ自給をもらっても、職人のバイトさんは必ず人生の勝者になることでしょう

 

いい職人は、給料や施工主でなく、先祖や未来をみて仕事をされています。曰く「お客様に恥ずかしくないもの」あるいは「ご先祖さんに恥ずかしくないものを・・・」っと

そんな教科書には乗らない、幾多の職人達が、今の日本を作ってきました。

 

たとえば、戦国時代の15世紀種子島。南蛮人がもちこんだ1丁の銃をもとに1年後には国産化に成功、それから50年後にはヨーロッパ全体の銃の保有数を上回る世界一の銃保有国となっていたことが知られています。当時の日本の技術力の高さを証明するエピソードではないでしょうか? 

 

「黒船」で日本にやってきたアメリカのペリー提督も"技術大国日本"を予言しています。

 

「機構製品および一般実用製品において、日本人はたいした手技を示す。彼らが粗末な道具しか使ってなく、機械を使うことに疎いことを考慮すると、彼らの手作業の技能の熟達度は驚くほどである。日本人の手職人は世界のどの国の手職人に劣らず熟達しており、国民の発明力が自由に発揮されるようになったら、最も進んだ工業国に日本が追いつく日はそう遠くないだろう。他国民が物質的なもので発展させてきたその成果を学ぼうとする意欲が旺盛であり、そして、学んだものをすぐに自分なりに使いこなしてしまうから、国民が外国と交流することを禁止している政府の排他的政策が緩められれば、日本はすぐに最恵国と同じレベルに到達するだろう。文明化した国々がこれまでに積み上げてきたものを手に入れたならば、日本は将来きっと機械製品の覇権争いで強力な競争国の一つとなるだろう」

 

これはもうズバリ予言的中でしょう^^

 

また、ペリーは日本人に最先端技術を見せつけてやろうとして、蒸気機関車の模型を贈っています。ロシアの提督も長崎にやってきて蒸気機関車の模型を持参していました。模型といっても蒸気機関で立派に動くものです。佐賀藩がこれを見て佐賀藩精煉方を設立して2年の間で模型を完成させて藩主の前で走らせていました。ちなみに模型製作に関わった技術者の一人が田中久重です。「からくり儀右衛門」と呼ばれた男は、のちに東芝を創業させています

 

「一隅を照らすもの、それすなわち国宝なり」(天台宗開祖・最澄)

日本の歴史のなかで、自分の職場、自分の本分をわきまえ、ひたすらに一隅を磨き続けた人たちがいたことは誇るべき事実です。そして東大や京大でなく、そんな正直な庶民こそが、今の日本の繁栄を築いてきたことを忘れてはいけません

 

職人気質や、丁稚奉公なんて言葉はもはや死語になりつつあります。

また3K(きつい、きたない、危険)といわれる職場に日本の若者たちは着きたがらない現実があります。手をよごし、愚直にいきること。そして自分の意地とプライドで、ひたすらに商品を磨くことが、本当に3Kなのでしょうか?

3Kこそが、かっこいい。そしてそんな職場でこそ人間が輝きます。職場になじめず鬱になったり、最悪自殺を選ぶ人があとをたちません、いまこそ、人生で何が大事か?そして本当の豊かさとは何か?を職人の世界観から学ぶ必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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■書籍概要

書籍名: 世界一簡単な「幸せを招く家訓」のつくり方

著者 : 幡谷哲太郎

発売日: 2015年6月1日

出版社: セルバ出版

価格 : 1,600円+税 

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