西武・堤家 英雄2代の国盗り物語

 

 

 

 

 

 

堤家 家訓

「税金を払うな」

  

  

堤 義明(つつみ よしあき)

生誕:1934年(昭和9年)5月29日

 

日本の実業家。西武鉄道グループの元オーナー。父は西武グループの基礎を一代で築き上げた堤康次郎であり、兄は元西武百貨店会長・小説家の堤清二(辻井喬)。フォーブス誌で一時は総資産額で世界一となったこともあるが、西武グループの度重なる不祥事の責任を取って一線を退き、その後にインサイダー取引疑惑で有罪判決を受けた。  

 

父・康次郎に就いて経営の帝王学を学んできたが、大学在学中に康次郎から“冬の軽井沢に人を呼ぶ方法を考えろ”と言われ、観光学会の仲間とスケート場を開設、成功を収める(軽井沢スケートセンター1956年)。また、海の近くにプールを作るという奇策と揶揄された大磯ロングビーチ(1957年)も成功させる。これは、義明の卒論を実行に移したものである。1961年12月に苗場国際スキー場と苗場プリンスホテルを開業させる。

 

1978年にクラウンライターライオンズを買収し西武ライオンズのオーナーとなる。チームは最新鋭かつ充実した設備の導入や、当時監督だった根本陸夫に堤義明は「全てまかせるからやってくれ」という指示を出し、実際にチームづくりは監督の専権事項とし、フロントに口を出させないなどの改革の成果から徐々に順位を上げ、1982年に24年振りの日本一に輝くと、その後リーグ優勝5連覇、日本一3連覇などリーグ優勝計16回、日本一計10回に輝き、西武ライオンズの「黄金時代」を築き上げた。

 

またプリンスホテルでは品川や高輪、赤坂、新宿、サンシャインシティ、新横浜、幕張、大津、札幌、広島などで次々と超高層大型ホテルを開業させ、苗場、富良野、軽井沢、箱根、ニセコ、雫石など西武が開発したリゾート地でも開業や増床を進めたことにより、1994年には2万室を超えるなど当時日本一のホテルチェーンになるまで成長させた。

 

スキー場は苗場や雫石、ニセコ、富良野、万座、志賀高原、妙高などで開業するなど、1987年には33箇所になるまで成長した。合理化で大幅に減少した現在でも日本一のスキー場保有数を誇っています。

 

ゴルフ場も、軽井沢72ゴルフコース、川奈ホテルゴルフコース、武蔵丘ゴルフコースなど29を数える。国内資本ではゴルフ場数日本一である。

 

1980年代後半のバブル景気真っ只中、米国の経済誌『フォーブス』に「世界一の大富豪」(The World's Billionaires)として取り上げられ、その保有総資産額は3兆円と報じられたほどでした。

 

  

 

■堤家家訓は、税金を払うな?

 

銀座にビルをもつあるオーナー企業さまから2つの家訓を教えてもらったことがあります。1つは、何もするな。2つは、税金はきちんと払え。このオーナーは2つの家訓を守り、毎日悠々自適の生活をされています。何もするな!とは、商売に色気をだすなという意、そして税金を払えとは、隠し事をするな!ともとれます。下手な考え休みに足りとの格言どおり、バブル時代にはやった節税スキームのほとんどは、のちに不良債権化していくものでした。このオーナーは、家訓をまもり今は銀座だけでなくニューヨークにもビルを所有しているそうです。

  

堤家家訓、「税金をはらうな・・・」

そして、世界一の資産家とたたえられ栄華をほこった西武グループは外資の持ち物となっています。ルパン家だって3代続いた血脈が、堤家は、たった2代で夢の跡です。

 

莫大な資産を有する西武グループでしたが、法人税を払ったことのない会社・・・と揶揄される一面がありました。これは親会社(国土)をつかった節税のスキームで、子会社が黒字をだしても、親会社がずっと赤字のため税金を払わないっというもので、赤字をだすために?親会社では借金で土地を買い続け、列島改造に湧いた高度成長期にはこのスキームが見事にはまり、借金でかった土地は高騰。そしてそれを担保に新しい土地を買う・・・っといった錬金術が繰りかえされました

 

しかし、バブル崩壊後、土地の資産価値は暴落。借金だけが残り、世界一と言われた堤家の栄光に陰りが見え始めます

 

そして、2004年、まず、4月に西武鉄道が総会屋に利益供与をしていたことが発覚し、経営の総責任者の座を降ります。同年10月、有価証券報告書への虚偽記載の責任を取り、新高輪プリンスホテル「平安の間」で会見、コクドおよび西武鉄道をはじめとする、すべてのグループ会社の役員職から辞任する事を発表するに至ります。

 

これは後に西武鉄道証券取引法違反事件へと発展し、株式上場をしていた西武鉄道・伊豆箱根鉄道は東京証券取引所から上場廃止処分が下されました

 

2005年3月、西武鉄道株式に関する証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)の疑いで東京地検特捜部に逮捕され、3月23日、東京地裁に起訴された。10月27日、一審の東京地裁にて懲役2年6月、罰金500万円、執行猶予4年(求刑懲役3年、罰金500万円)の判決を言い渡され、義明側・検察側とも控訴せず、判決どおり有罪が確定した。

 

これにより、西武鉄道グループはメインバンクであったみずほグループ出身の後藤高志へ経営権が移り、コクド・西武鉄道・プリンスホテル間をめぐる堤家との複雑な資本関係は、西武ホールディングス発足と第三者割当増資によるサーベラスらの外部資本注入により整理されました。

 

そもそものきっかけになった総会屋事件。そして証券報告書の虚偽記載は、いずれも節税対策のために堤家2代に渡って実施された不正でした。「税金をはらうな」という家訓は、家業の隆盛をになう一方、確実に一族の命運を縮めていたというのが、時代が下した結末でした。

盛者必衰は、世のことわりなれど、あまりにも早い帝国の崩壊となりました。

 

■経営者と税の問題

 

誰だって払いたくないのが税金・・・

人類の歴史のB面には、税金をちょこまかす様々な裏歴史がありました。日本でいえば、平安時代に登場した「荘園」制度。誰がみたって田んぼなのに、「いやいや、これは荘園(庭)ですから、税金を払いません<(`^´)>」っという言い逃れが横行し、最終的には、税を差配する藤原氏はもちろん、天皇家までが荘園をもつという社会的な矛盾がうまれ、のちの武士の台頭を招いていくことになります。

 

税は払いたくないのは本音でも、やはりそれは払わないといけないもの。

親子2代にわたって脱税スキームを発達させた堤家でしたが、不徳のせいか、その栄華が2代でついえています。しかし、日本における税制度を考えると、共産主義以上の平等社会を実現させた一方、堤家のように大成功をおさめた一族には過酷な運命を強いることが多々あります。

 

問題点は2つ。1つは高額納税者へのリスペクトが足りない点。もう1つは相続税の問題です。

アメリカや、諸外国では高額納税者には社会的なステータスや、様々な特典があたえられています。理屈ぬきで、納税してくれる人が一番えらい!っという論法です。日本の高額納税者のもとにも、ダイレクトメールで、アメリカ移住を誘うといったリクルート活動をしているともいわれています。

 

相続税の問題では、一般に、3代たつと、相続税ですっからかんっと言われるほどの残酷税となっています。事実、明治期に活躍した渋沢栄一のご子孫は相続税が払えず田園調布の自宅を売却したと言われています。そもそも自分の祖先がただのノッパラを開発し栄えた町を、発展したがゆえに地価があがり、出ていくことになるというのも時代の皮肉です。

 

成功者(納税者)が、真にリスペクトされる世の中であることは、社会に明るさをもたらすのではないでしょうか?

そもそも、とる方には、過酷な運命をつきつける税金も、使う方には、ずるずるの狡さがあるっというのが世の常です

 

税金をちょこまかし、栄華から転落した堤家でしたが、税金を使いこんだわけでもなく、鉄道沿線の経済発展や、地価の上昇や人工の激増などをかんがみると、国を興した功績であったことがわかります

 

堤さんは確かに悪いことをした。ただし、そこまでのことでもなかった・・・ 

堤家にかぎらず、テレビ局が、正義のヒーローをきどり犯人(経営者)をおいこむ三文劇を何回みたことでしょう。

 

税金は社会のためのお金です。たくさん払えばそれだけ貢献したという意味にもなります

法人税をけちったとはいえ、堤さんがこれまでに払った納税額は、ぼくよりか何万倍も多いはずです。

少なくとも、堤さん以下の納税しかしていない人は、堤さんを悪くは言えないのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堤 康次郎(つつみ やすじろう)

生誕:1889年(明治22年)3月7日

死没:1964年(昭和39年)4月26日

 

日本の実業家もしくは財界人で、滋賀県選出の衆議院議員として政治家でもあった。西武グループ(旧コクド及び旧セゾングループ)の創業者。第44代衆議院議長。滋賀県大津市名誉市民。正三位勲一等。「ピストル堤」の異名を持つ。

 

五島慶太は東急対西武戦争(箱根山戦争・伊豆戦争)でライバルとも言われた。

 

 

■近江商人の家訓は「三方よし」(売り手よし 買い手よし 世間よし)だけど・・・

 

 数々の伝説にいろどられた西武グループ創始者・堤康次郎の一生を現すキーワードは、近江商人の家訓「三方よし」の正反対。「自分良し。自分良し。自分良し」です(*_*)

破天荒までの自我の強さと金脈にまつわるドクドクな嗅覚が目立つ怪人物。堤家には康次郎が遺した遺訓がいくつかあり、その1つが「税金を払うな」。そして息子には「友達をつくるな」と言明しています。

 

その半生にはどんな歩みがあったのでしょうか?

 

康次郎は、「堤の家の再興は、金を儲けよというのではない。金儲けもよいが、それより名誉ある堤家にしてくれ」と祖父からの遺言を託されたものの、祖父の意思とは反し「金儲け」に無類の才能をみせていきます。

 

康次郎が最初に頭角をあらわしたのは、中軽井沢の別荘地開発でした。大正4年の夏に早大の学生服姿で沓掛村に出向き、村長に「別荘地をつくりたいからできるだけ大きな土地が欲しい」と村有地の購入を打診。隣の軽井沢が欧米の宣教師達の別荘地として発展していくのに危機感を抱いていた村民は、大正6年の区民総会での了承を経て60万坪(後の再測量では80余万坪)を30,000円(現在の数億円)で売却し、50軒の別荘を分譲することを条件として契約を成功させています。

 

だがこの時点で康次郎は手許資金が不足していて、当時の妻であった川崎文の実家などから買収金を工面しても足りず、佐久の銀行から1万5千円借りて不足分は新聞紙を10円札の大きさに切って上下に本物の札を重ねて「見せ金」としたといわれています。

 

この軽井沢の土地の分譲販売を始め、その収益を基に大正8年、箱根の強羅に10万坪の土地を買収。大正9年には箱根土地株式会社(後のコクド、現在は消滅)を設立。更に湯の花沢10万坪を13万5千円で買収したり、大正12年には駿豆鉄道(現・伊豆箱根鉄道)の経営権を掌握していった。関東大震災後には都内皇族・華族の大邸宅を買収し、目白文化村など住宅地として分譲しました。

 

政界進出も康次郎の念願で、献金にたよる政治は自由がきかないと、事業で得た資金を活用し、戦後、衆議院議長などの要職も歴任されています。東京近郊の大泉学園や国立・小平学園都市など、まだまだ田舎だった地域に鉄道をひきベットタウン化していったのも康次郎の功績です。戦時中には、東京大空襲の最中でも、自宅地下壕に電話線を何本も引いて不動産の購入交渉を行い、戦災で地主が不在となったところを片っ端から自らの名義とした・・・とも言われています

 

戦後は皇籍剥奪や華族の特権廃止・財産税などの負担で困窮した旧宮家や華族が都心部に所有していた邸宅地を買い取り、華族やその関係者をグループで雇用して生活を保障するとともに、邸宅地を活用してプリンスホテルを開業していきました。

 

堤康次郎が開発した国立は高級住宅街として、軽井沢や箱根などは日本の代表的なリゾート地として発展し、現在も人気を集める一方、

世間の評価は真向から分かれています。

 

不毛の土地を買収し、開発、発展させた上で価値を創出するという抜群の手腕や先見の明が高く評価される一方で、その剛腕さや成功に対するやっかみ、妬みを強く受ける生涯でした。

 

評論家の大宅壮一は、噂と断ったうえでこんな話を紹介している。

 

「関東大震災の直後、一家全滅したようなところの焼跡に、かたっぱしから「堤康次郎所有地」と書いた棒杭(ぼうぐい)を立てた。どこからも文句がでなければそのまま、出れば法廷でお抱えの弁護士をつかって、所有権を証明する物的証拠を示せ、と争った」という。軽井沢の大地主だった早大教授の市村今朝蔵は、広大な土地を争って、弁護士の費用などで、泣くに泣けぬ状態におとしいれられたという。

 

大宅は堤に「近江の知能犯」というレッテルを貼り、彼のやり方を徹底的に批判した。立石泰則は、堤のやり方は「とてもまともな実業家の姿とはいえないことだけは確かである」と評している。

 

英雄色を好む・・・との格言とどおり、はったりとヤクザまがいの買収劇でその地位きずいた康次郎。また女性の交友関係も派手で何人もの内縁の妻をかかえ、死後、兄弟間の骨肉の争いに発展してきます。

ともあれ、堤康次郎の行動力や影響力はすさまじいものであることは確かであり、稀代の実業家であることは誰もが認めるところです。

 

一代で破格の成功をおさめた康次郎でしたが、盤石と思えた堤帝国は、息子の代になりあっけなく瓦解しました。

盛者必衰は、世の理なれど、あまりにあっけない帝国の最後に、康次郎は何を感じているのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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