近藤勇 辞世の句

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近藤勇

生誕:1834年

死没:1868年

 

幕臣、新撰組局長。武蔵国多摩郡石原村の農家の次男として生まれる。15歳の時、天然理心流三代目近藤周斎にその人柄と腕を見込まれ養子となる。26歳で天然理心流四代目を襲名、4年後の28歳の時に試衛館一党で十四代将軍家茂の守護を目的とする浪士組に参加し、上洛。

 

しかし京入りした途端、清河八郎が尊王攘夷の魁たらんと称え、浪士組は江戸へ戻ると言い出したため、試衛館一党、芹沢一派らはそのまま壬生に残ることとなる。一同は鵜殿鳩翁らの計らいもあって京都守護職・松平容保のお預かりとなり、壬生浪士組が誕生した。

 

八月十八日の政変でその存在を知らしめた彼らは、その日のうちに松平容保から市中見廻りの内命を受け、その通達の文書によって「新選組」の名が与えられる。文久三年九月芹沢一派の粛清を決行。以降、近藤が唯一の局長として新選組を背負う。

 

慶応三年十二月十八日 二条城での軍議の帰り、馬に乗って伏見街道の墨染辺りへさしかかった時、高台寺党残党の篠原泰之進らに狙撃され、右肩に銃創を負う。一命はとりとめたものの、鳥羽、伏見の戦いには参戦できなかった。

 

江戸へ引き上げ療養後、鳥羽伏見を戦い抜いてきた土方はじめ、隊士達を率い甲陽鎮撫隊として甲府城の接収に向かうも勝沼で敗走、下総流山で新選組再編成を図るが敵方に囲まれ、大久保大和として投降した。

 

慶応四年四月二十五日、板橋において斬首。享年35歳。その首級は板橋宿外の一里塚に晒され、のち京の三条河原に梟首された

 

■辞世の句

 

孤軍 援(たす)け絶えて俘囚となり。

君恩を顧念して 涙 更(また)流る。一片の丹衷(たんちゅう) よく節に殉じ、雎陽(すいよう)は千古 これわが儔(ともがら)。

他に靡(なび)きて今日また何をか言はむ。

義を取り生を捨つるは わが尊ぶところ。

快く受く 電光三尺の剣 ただ まさに一死をもって君恩に報いむ

 

 

 

辞世の句は、格調高く、誇らかに現代の私たちの胸を打ちます。

官軍は、自分たちの仲間をさんざん斬ってきた新選組を憎悪し、死後も彼らの名誉を汚し続けました。

 

新選組はまた、最強の剣客集団として、気高い士道の理想を追求した最後の武士たちとして、人々の人気と尊敬を集めています。

 

近藤勇の辞世の句は、世のなかや周囲は色々と変わっていくけれど、自分の中の「変えてはいけないもの」を守り続けていくことの大切さを教えてくれるような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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