日本の家訓『教育勅語』と明治天皇の大御心

 明治天皇さまとは? 

  

明治天皇は、100代をこえる歴代の天皇さまの中でも劇的な変化のなかで御世をおくられました。源頼朝によって、開かれた武士政権は、足利氏、徳川家と引き継がれるものの、600年ぶりに朝廷に実権が還されることとなります。また、桓武天皇が奈良から京都に都をうつされたのが794年。実に1000年ぶりの本格的な遷都を経験された天皇にもなりました。

 

それまでの歴代の天皇様は、京都の御所からおいでになることもなく、その生涯のほとんどを御所内ですごされています。また人民との交流はもちろん、直接顔をうかがえる臣下も一握りで、今上天皇さまのように被災地に慰問をされる姿や、また国民にきさくに手を振ってくださる姿などと比べると、隔世の感があります。

 

明治元年、明治天皇は京都から東京に行幸にでます。この行程は23日間かけて約3000人が移動したと伝わっています。そして明治5年には日本発の鉄道が敷設。同23年には愛知県で陸海軍の合同演習が行われ、天皇は東海道本線に乗って移動されたことが記事になっています。わずか20年の間に、23日が半日に、移動の手段は徒歩(御輿)から鉄道に、明治という時代の革新性を感じるエピソードです。

 

西洋化がすすみ、国民の生活も激変するなか、皇室もまた新しい姿を国民に示してくださいました。いまにつづく開かれた皇族の姿をおつくりになられたのが明治天皇さまであり、また新しい時代の波にとまどう国民に対し、精神的な支柱となりつづけたのもまた明治天皇さまだったのです。

 

日本において、歴代の天皇さまは、直接政治にかかわることなく、「権威」をもって国を治めてきた歴史があります。明治の新政府は、天皇中心の国づくりを進めますが、天皇ご自身の意見やビジョンが反映されてという記録はありません。そんな中、唯一といってもいい例外が、【教育勅語】です。『勅語』とは、天皇さまのお言葉という意味です。明治の大君が、国民の幸福を願って賜されたお言葉を紹介します。

 

「教育勅語」は日本の家訓

 

家訓づくりプログラムは、家のルールを決めるプログラムです。

そして、日本には、そんな家族のルールを代々引き継いできた歴史があります。

 

日本は、創業100年をこす会社が5万社。200年を超す会社も3000社あるといわれ、2位のドイツ800社を大きく上回る老舗大国です。そして、そのうち8割の会社に、家訓があると言われています

 

古くから続くということは、それだけ社会に必要にされてきたということそれは、商いを通じ、社会に貢献してきた証拠です。家訓二ストは、これを【徳】と表現します。また、日本は、世界一古い国でもあります。これは、神代までさかのぼれば2600年前。実在が証明された古代の天皇の御世にさかのぼってもいずれも世界一の歴史を誇ります。それは、【徳】に溢れた奉りごとをしてきた証明です。

 

では、日本という国を考えた時、「家訓」とは何にあたるのか?

家訓二ストは。これを【教育勅語】だと確信しています。

 

教育勅語というと、近世の歴史の中で、ある種アンタッチャブルなイメージを持たれてしまっていますが、皆様はちゃんと読んだことがありますか?まずは、右も左も関係なく、まっさらな気持ちで教育勅語をお読みください

 

(※本文は漢文のため、ここでは、明治神宮のHPで紹介されている意訳を紹介させていただきます )

 

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「教育勅語」意訳(口語文) 

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 
 
国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。

 

そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

~国民道徳協会訳文による~

 

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ごくごく当たり前のことが、書いてある・・・

皆様もそう感じるのではないでしょうか?

 

しかし一般に、「教育勅語」というと、軍国主義だと、右だと、なんだのとネガティブなイメージがまとわりつきます。このおどろおどろしい雰囲気は、どこからくるものでしょうか?

 

口語訳を読んでいただいた皆様、どこに戦争しろ!とか、ひいては侵略しろ!なんて書いてありますか?そこには、軍国主義につながるものも、海外への恫喝もない博愛に満ちあふれた精神が、並んでいます

 

このギャップには、大東亜戦争末期に、軍官僚による独裁政治のなか、勅語をゆがんだ形で運用してしまった悲しい歴史があります。そしてそこからもう70年近く経って、そろそろ枷(かせ)を外してもいい時期であると考えます。

 

昔は良かった・・・とノスタルジーに浸る気持ちはありませんが、戦後の教育改革の中で、「心」の教育がおろそかになった部分は否定できません。いきすぎた個人主義や、親の乱れ、コミュニティーの崩壊など問題は山積みしています。明治期に、明治天皇が憂いた以上に、今、求められる教育の質の向上は一刻の猶予もありません。 

   

 日本という国の「家訓」を考えたとき、やはりそこには「教育勅語」があるべきです。

 

家訓プログラムの次は、教育勅語プログラムかな?

そこに徳がないかぎり、家訓二ストは挑戦は続きます。右も左も関係なく、いいものはいいと、断言します!

 

家訓の唱和とひとしく、日本のあるべき姿を示した教育勅語をお子さんと呼んでいただくことを推奨します