三井家 家訓

三越と三井家

 

売上高: 単体7293億円(2008年2月期)

従業員数:単体6,713人

 

 

 

「店前現銀無掛値」(たなさきげんきんかけねなし)

これは三越が1683年に掲げたスローガンです。現在では当り前になっている正札販売を世界で初めて実現し、当時富裕層だけのものだった呉服を、ひろく一般市民のものにしました。

 

 

歴史

1673(延宝元)年に三井高利が創業した越後屋。屋号は高利の祖父の時代まで「越後守」を名乗る武士であったことから「越後屋」とし、人々からは「越後さんの店」と呼ばれていました。その後三井家の姓を取った「三井呉服店」となり、1904年、「三」と「越」を取って「三越呉服店」となり、現在の「三越」に至ります。

 

江戸時代の1673年(延宝元年)に「店前現銀売り(たなさきげんきんうり)」や「現銀掛値無し(げんきんかけねなし)」「小裂何程にても売ります(切り売り)」など、当時では画期的な商法を次々と打ち出して名をはせた、呉服店の「越後屋」(ゑちごや)として創業。現在では当たり前になっている正札販売を世界で初めて実現し、当時富裕層だけのものだった呉服を、ひろく一般市民のものにした。1928年には「株式会社三越」となりました。

 

「三越」改称の案内の際に「デパートメントストア宣言」を行い、そのことを以て日本での百貨店の歴史が始まりとすることが多い。また三井財閥(現三井グループ)のルーツとなった「越後屋」の呉服店事業を引継いだため、「三井財閥(現三井グループ)の礎を築いた企業である」とされる

 

近年、大手百貨店の売上がのびず、三越もリストラを進めるものの、2011年伊勢丹と合併して更なる発展を期すこととなった

三井家 家訓

  

1.単木は折れやすく、材木は折れ難し。汝ら相協戮輯睦して家運の強固を図れ。
2.各家の営業より生じる総収入は、一定の積立金を引去りたる後、始めてこれを各家に分配すべし。
3.各家の内より一人の年長者をあげ、老八分と称してこれを全体の総理たらしめ、各家主は皆老八分の命を聞くべきものとする。

4.同族は相争うなかれ。
5.堅く奢侈を禁じ、厳しく節倹を行うべし。
6.名将の下に弱卒なし。賢者能者を登用するのに最も意を用いよ。舌に不平怨嗟の声なからしむように注意すべし。
7.主人はすべて一家のこと、上下大小の区別なく、すべてに通じる事に心がけるべし。
8.同族の小児は、一定の年限内においては、他の店員待遇をなし、番頭・手代の下に労役せしめて、決して主人たるの待遇をなさしめたるべし。
9.商売は見切り時の大切なるを覚悟すべし。
10.長崎に出て、外国と商売取り引きすべし。

 

 

三井 高利(みつい たかとし)

生誕:元和8年(1622年)

死没:元禄756日(1694529日)

 

高利は伊勢国松坂(現 三重県松阪市)で四男として生まれた。江戸で釘抜三井家を創業した長兄の三井高次(三郎左衛門)に丁稚奉公し、番頭となる。のちその商才を恐れた兄達におしこめられる形で松阪で金融業を営む。

 

1673年、長兄高次の死後、母・殊法の許しを得て江戸本町一丁目に呉服店を開業。屋号を越後屋(のちの三越)とする。それまでの呉服店は、代金は後日の掛け(ツケ)払いで、定価がなく客との交渉での駆け引きで売値を決める方法で、売買単位は1反単位が当たり前、得意先で見本を見せて売る方法が一般的であったのを、現金掛値無し(現金払いでの定価販売)、必要分だけ反物の切り売りし、店前(たなさき)売り(店頭で、現金を持っている人なら誰にでも販売する方法)などの新商法を導入して繁盛した。

 

その後、京で両替商も兼業し、江戸時代を通じて三井家の事業の柱となる。維新後は、越後屋呉服店を三井の本流から切り離し、三越百貨店に、他にも三井銀行や、貿易会社を合併させ、三井物産を創設した。現代でも一大グループを誇る日本を代表する財閥になっていくのでした。

商売の革命!

  

己の欲せざる所は、人に施す勿れ

『論語』より

 

意:自分がいやだと思うようなことを人にしてはいけない。

人間にとって最高の徳は、この教えから始まります。つまり、善行を積むまえに、まず自分の行動を慎み、全体のルールに従うということが大切です

 

人にされて嫌なことはしない

海外のバザールにいくと、商品に値札はなく、お客さんの顔をみて、値段をふっかけてきます。「ディスカウント、ディスカウント」っと、粘り強く交渉すると、どんどん下げてくれるのですが、結局、儲かったのか、ぼられたのか、よくわからない気持ちになります。買い物をするたびに、アンニュイな気持ちになる・・・だったら、最初から値段を決めて、正直に商売した方がいいのでは、と誰しも考えるのではないでしょうか?

 

実は世界の商いは、こうした「対面販売」がふつうで、日本のように値札を貼って商売している方が珍しく、こうした商いを「正札販売」と呼びます。そして、こうした販売方法を世界で初めて実践した男は日本人でした。その男とは、いまも名門として名高い三井グループの創始者、三井高利です。

 

商売の歴史をかえた高利の偉業

正直を武器に、商いを成長させた高利。江戸時代、「現金安売り、掛値なし」とのコマーシャルも評判をよび、高利ひきいる三越は空前の活況をみせました。いまでも300年たった今も、創業の地、日本橋には三越の雄姿をみることができます。因みに、欧米における正札販売の元祖は、ニューヨークのA・T・スチュアート商店で、1823年のことといわれます。高利は米国に140年も先駆けて正札販売を実行していたことになります。

 

「正札販売」が登場するまで、目利きのできないお客さんに対し、たいした商品でもないのに値段をふっかける商いが横行していました。高利は、お客さんの無知に付け込んだ悪質な商売に疑問を持ち、他店より価格を抑え、誰でも分かるように正直に値段を店頭表示しました。越後屋が展開した「店頭現金即売安売りキャンペーン」は、それまでの商いの常識を打ち破り、現金を持って店頭に買いに来る客なら、どんな庶民にでも売ったのです。まさにこれは商いの世界における「革命」です。

 

「正札販売」は、孔子の言う「仁」の商いです。お客様の無知につけこむようなコスイことはしてはいけません。高利が、正直を武器に、間口9尺(2.7m)で始めた商いは、世界有数の企業グループに成長しています。「仁」の商いは、お客様に支持される商いです。そしてそれは御社にとって、一番の武器になることでしょう。

 

 

三井財閥の秘密

  

日本経済の中で今も突出した存在感を見せている三井グループ。1673年の創業から300年以上の歴史を持つ三井家は、創始者・三井高利の子が11もの家をなしました。

 

この分家からは、大同生命保険の創業や日本女子大学校の設立に尽力し、NHK朝の連続ドラマ『あさが来た』のヒロインのモデルとなった広岡浅子が輩出し、また三井家は現在ではトヨタ自動車の豊田家や朝日新聞の村山家ともつながるそうです。本家は12代当主になるが、職業は建築家でグループ経営に携わることはないといわれています。

 

君臨すれども統治せず?

そもそも三井は、戦前から一族ではなく「プロ経営者」を抜擢する経営方法を取ってきたと、『日本の15大財閥』(平凡社新書)著者の菊地浩之氏が指摘しています。

 

「製造業中心の三菱、住友と違い、金融や商業中心だった三井はチームプレーより個人プレーを重視した。優秀な人材を躊躇せず抜擢したことが“人の三井”の背景にありました」

 

その象徴が、戦前に三井合名の初代理事長となった團琢磨だ。團琢磨は三井家出身ではないが、プロ経営者として財閥を率いる存在となりました。戦後の財閥解体まで、三井財閥はプロの経営者に経営をゆだねることで発展をつづけ、その後も日本経済をけん引する大手企業を育んでいます。

 

 

 

三井×住友×三菱 財閥の三国志

 

(参照:NEWSポストセブン)

https://www.news-postseven.com/archives/20170426_520488.html

 

「金曜会」「二木会」「白水会」という名前の会合が、それぞれ月1回、都内で開かれている。「組織の三菱」「人の三井」「結束の住友」と評される3大財閥が開く、グループ企業のトップが集う社長会の名称である。

 

 三井の社長会「二木会」では毎月第2木曜日に三井グループの中核企業の社長が集まり、情報交換を行なう。

 

「二木会は社長の交流会のような会合です。会では三井住友FGのトップが金融業界の動向について報告したり、三井物産の社長が資源価格の推移や国際情勢の展望を語る。あくまで親睦の場だが、第一線のトップから生の情報を得ることで、様々な商売のヒントになる」(三井グループ関係者)

 

 三菱の「金曜会」は原則全員参加だが、三井は「人の三井」らしく、個人の裁量に委ねられる。

 

「オブザーバーであるトヨタ自動車の豊田章男社長は“名古屋にいるので来られない”とのことでここ数年、見ていない。富士フイルムや東レもあまり来ないし、不正会計問題の東芝も最近は出席していない」(前出・三井グループ関係者)

 

 グループ意識が希薄なのも三井の特色で、三菱グループが「上司にいわれるからキリンしか飲まない」(三菱重工業社員)というのに対し、「三井グループのなかですら、サッポロが三井系と知られていない」(三井グループ関係者)という具合である。

 

 もっとも、そんな緩いつながりでも、グループの危機となれば話は別だ。1998年、グループ内のさくら銀行(現在の三井住友銀行)が経営危機に陥った際にはグループ各社が増資を引き受け、二木会メンバーのトヨタ自動車も加わった。いざという時に組織で助け合うのは「人の三井」といえども三菱と共通しているのだ。

 

 

〈相場より安いものが持ち込まれても、出所がわからないものは盗品と心得よ〉──三大財閥の中で創業(1590年)が最も古い住友家の初代、住友政友が晩年、商人の心得を書き残した5か条の家訓の一つを現代文に直したものだ。政友の僧名から「文殊院旨意書」と呼ばれる。

 

 住友グループ企業の社長に就任すると、住友家現当主の17代目住友吉左衞門芳夫氏からこの文殊院旨意書を受け取り、正式にグループの社長会「白水会」のメンバーとなるという。

 

 そして当主から春には京都の住友家旧別邸「有芳園」で開かれる祠堂祭、秋は東京のホテルで行なわれる御招宴に招かれ、毎年少なくとも2回、白水会メンバーやOBの住友グループ元社長、会長、相談役らが当主を囲んでいる。当主は今もグループ内で「家長さん」と呼ばれ、敬われている。

 

 戦後、GHQの財閥解体によって財閥企業は創業家と切り離されたが、その後、70年経っても創業の精神はグループ企業にしっかり受け継がれ、創業家は「精神的支柱」として君臨しているのだ。

 

「白水会の特徴は住友グループ17社の社長がすべて対等で、議事は全会一致が原則ということです」(住友グループ関係者)

 

 住友だけではない。「人の三井」といわれる三井グループには家祖・三井高利が遺書として残した家訓「宗寿様元禄之御遺言」がある。

 

〈単木は折れやすく、材木は折れ難し。お前たちは互いに協力して家運の強固を図れ〉

 〈各家の営業より生じる総収入は、一定の積立金を引去りたる後、始めてこれを各家に分配すべし〉

 

 など、三井各家の結束と事業の継続を説いたものだ

三井グループの社長会「二木会」ではこの家訓が経営理念として共有されている。経団連会長の榊原定征・東レ相談役も二木会出身である。

 

 三菱グループ企業の社長でつくる「金曜会」も結束は強く、創業家の4代目社長・岩崎小弥太が掲げた経営理念「三綱領」が今も息づいている。

 

「所期奉公」(国への貢献)

 「処事光明」(取引は公明正大)

 「立業貿易」(事業は世界に目を向ける)

 

 その中でも三菱を特徴づけているのが「所期奉公」だろう。小弥太自身がその意味するところをこう語っている。

 

「事業の究極の目的は国のためにするということであって、その目的達成のためにベストをつくすことがわれわれの理想でなくてはならない」

 

三菱は戦前から現在まで日本の防衛産業を担い、原発や宇宙開発などの国家プロジェクトの中核となってきた。それはまさに国への貢献を企業の使命と位置づけるからこそだろう。その理念は経営トップだけではなく、新入社員の段階から浸透していく。

 

「うちは戦車やミサイルもつくっています。それでもよろしいですか」

 

 三菱重工や三菱電機の入社面接では最後にそう尋ねられることがあるという。そうした面接をくぐり抜けた新入社員はどんな部署に配属されても、「国への貢献」という綱領の重要性を自覚させられているわけである。

 

すごすぎる三井グループの概要

 

三井グループ企業と、売上高の一覧は次のようになります。

 

⇒⇒下記①②の売上高を概算合計すると、約65兆円になりますね。

(もし、三井住友銀行など金融系も足すなら、100兆円になるでしょうね)

 

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①<売上1兆円超の三井グループ企業>

 

三井物産    9兆9,424億

東芝       6兆5025億

東レ        1兆8,377億

トヨタ自動車  25兆6919億

富士フイルム   2兆2,146億

三井化学     1兆3,917億

IHI         1兆2,560億

三井不動産    1兆4,456億

三越伊勢丹    1兆2399億

王子製紙     1兆2,129億

商船三井     1兆4,352億

三井住友海上火災 1兆3,920億

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

②<売上1兆円未満の三井企業>

三井造船      6,700億

イビデン      3,049億

カネカ       5,247億

サッポロビール  3,151億

三機工業     1,480億

JA三井リース   3953億

・昭和飛行機工業  231億

新日本空調     920億

太平洋セメント  8,402億

ダイセル     3536億

電気化学工業  3,416億

東亞合成    1,537億

TBS       3,465億

東洋エンジニアリング

1,578億円 ・日本紙パルプ商事 :5109億 、・日本製鋼所1887億 ・日本製紙6,339億 、・日本製粉 2,871億円 ・日本ユニシス :2,826億 ・三井金属鉱業 :4,310億円 、・三井情報 459億 ・三井住友建設 :3135億円 ・日興証券 3,334億、・三井製糖 :962億 ・三井石油開発 :1,546億 ・三井倉庫 :1,615億 、・三井ホー:2,168億

 

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★売上高が表現しにくい金融機関企業

(三井住友銀行・・経常収益 連結2兆7,113億8000万円 )

(三井住友信託銀行・・・総資産連結:40兆1,784億 )

(三井住友カード・・・営業利益1,915億円 )

(三井生命 総資産7兆2,242億)

 

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コメント: 2
  • #1

    大西勝洋 (土曜日, 30 1月 2016 15:39)

    家訓…納得しました、わたしたちはも見習うようにします。

  • #2

    家訓二スト (月曜日, 01 2月 2016 11:22)

    →大西さま 
    コメントありがとうございます^^ 私自身、三井さんの足元にも及ばない商売人ですが、家訓と商道徳を守り、ちょっとでも近づけるよう精進しています。HPにはたくさんの商いの歴史を紹介しています。今後も応援よろしくおねがいします。