安田善次郎 『陰徳』の家訓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

安田 善次郎(やすだ ぜんじろう)

生誕:天保9年10月9日〈1838年11月25日〉

死没:大正10年〈1921年〉9月28日) 

 

富山出身の実業家。安田財閥の祖。前衛芸術家オノ・ヨーコの曽祖父としても有名。

 

80歳をこえ大磯の別邸で暗殺されるという惨劇のなか人生を終える。富山藩下級武士の子として生まれ、江戸にでて露店の両替商から出発し、安田銀行(現在のみずほ銀行の母体)を設立。損保、生保も立ち上げたほか、一代で財閥を築き上げ、世間からは「銀行王」と呼ばれた

 

当時の国家予算の、八分の一を持つ大資産家となるものの、「守銭奴」という異名を冠するほどのドけち。大金持ちのくせに、生活はいたって質素。客が来ても、お茶は出すが、一杯だけ。茶菓子を出したことは、決してなかったと言われています。

活発な経済活動以外にも、東大安田講堂、日比谷公会堂など、公の意識を担い多くの寄付をしたことでも有名。「陰徳」の人として、今なお名声を集める偉人

  

「五十、六十は鼻たれ小僧 男盛りは八、九十」は善次郎の言葉とされている

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■    「安田家」家訓

  

主人は一家の模範なり。

我よく勤めならば衆なんぞ怠らん。

我よく倹ならば衆なんぞおごらん、

我よく公ならば衆なんぞあえて私せん

我よく誠ならば衆なんど悪らん

「安田家」家訓

 

  

 ■安田善次郎と『陰徳』


 陰徳とは?

陰徳あれば必ず陽報あり

【出典】『淮南子』

  

『淮南子・人間訓』に「陰徳有る者は、必ず陽報有り。陰行有る者は、必ず昭名有り(人知れず徳を積む者には必ず誰の目にも明らかなよい報いがあり、隠れて善行をしている者には必ずはっきりとした名誉があるものだ)」とあるのに基づく。

  

 「陰徳を積め」とは、善次郎が子供の時から、父親から叩き込まれた精神です。人に褒められようとして善行を施すのではなく、誰にも知られずとも人のためになることを黙々と行え、という教え。「守銭奴」で有名な善次郎でしたが、匿名で多額の寄付を行っています。東大の安田講堂や、日比谷公会堂への寄付はいずれも死後、おおやけにされたのでした。

 

お金は儲けるより使う方が難しい

陰徳(裏方)であることを第一義に考えていた善次郎にとって、金融は、多くの事業を裏から支える天職でした。事業の発展は人々の生活を豊かにします。それをお金の面で支えることを考えたのです。倒産まじかの銀行や時には政府そのものにも、資金を提供し、社会を裏から支えたのでした。

 

しかし自分の功績をアピールしようとしなかったことが仇となり、「守銭奴」のイメージだけが先行。狂信者の反発をまねき、最期はテロの犠牲になります。お金は稼ぐより使う方が難しい・・・大金持ちの善次郎のあまりのケチぶりに多くの人は眉をひそめあざけり笑いました。「陰徳」とは、人しれず善行をはげむことです。多くの人に誤解されたまま亡くなった善次郎にとって、「悪評」こそが、「陽報」だったのかもしれません。事業で得た収益で、生きたお金を使った善次郎の生き様は多くの示唆を現代に残しています。

 

陰徳とネットで検索すると必ず出てくるのが、安田グループの創始者・安田善次郎のお話です。陰徳を実践されていた善次郎は、起業家として数々の事業を成功させる一方、えげつない商法をとっていたことから、世間から金の亡者だとバッシングをうけ、人生の最期は、暗殺される憂き目にあいます。

 

暗殺されたのに当時の新聞は、「それみたことか!」との論評が多くしめ、一代で財をなした成功者は悲運の人になってしまいました。

 

しかし、善次郎の死後、人知れず大きな寄付をしていたことが判明します。その代表例が東大に立つ大講堂です。この大きな寄付を善次郎は匿名で実現しています。なおかつ「陰徳」を実践する男は、自分の名前が出ないようにお願いしていたそうです。

 

いまも、東大にたつ安田講堂は、死後、その名をつけたものです。遅すぎる名誉回復となりましたが、善次郎にとっては、快心の「陰の徳」だったのかもしれません。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陰徳」のひと、善次郎。実はジョンの嫁、オノ・ヨーコは善次郎のひ孫にあたります。時と、国をこえ、善次郎の精神は、ジョンレノンによって詩となり世界をかけめぐったのかもしれません^^

陰徳あれば必ず陽報あり世界中の人が陰徳をこころがけ、褒められることも求めず他人のため誠実に生きることができたなら、戦争も、イザコザもなくなる世界になるかもしれません。陰徳な世界をイマジンです^^ 

 

■ジョンレノンと日本

 

アーティストのジョンレノンは、奥様が日本人(オノ・ヨーコ)だったこともあり、日本文化に造詣の深い人物でした。そして、そんなジョンが、一番愛した日本語は、『OKAGESAMA(オカゲサマデ)』という言葉だったそうです。ジョンはこういっています『OKAGESAMAは、世界のなかで、もっとも美しい』っと・・・

 

日本では、人が自分ひとりの力によらずに、神仏や、祖先や、自然や、あらゆる人々である世間の「お蔭」を蒙って生きていると、考えられてきました。

 

「カゴに乗る人、担ぐ人。それまたワラジをつくる人」 という言葉があります。お世話になった方に「ありがとう」という。ここまでなら大抵の人ならできるはずです。

しかし、ワラジを編んだ人に、「ありがとう」といえるでしょうか?

 

同じように、カゴをつくった人、あるいは、道を整備した人、掃除をした人、送り出した人、待っている人・・・ 私たちの日常は、目に見えないたくさん「ありがとう」で作られています。

 

そして「ありがとう」という感謝の代わりに、それぞれが、それぞれの場所や時間で、精一杯ひとのために生きることが何より尊いことです。この時の「ひとのため」とは、早起きして、町内の掃除をしろ!という意味でなく、それぞれの役割のなか、お父さんはお仕事を通じて、誰かの陰となり、あるいはお母さんは、一生懸命、家事するなかで、また誰かの陰となり、そんなやさしい循環で社会をつくっていくべきだ!っとわたし達の先祖は伝えてきたのかもしれません。

 

「おかげさま」の理論とは、世の中の「お蔭」への感謝の気持ちを、自分の日常の中で恩返しししていくこと。そして自分自身も誰かの「陰」になることで、世の中はハッピーにしていくものです^^

 

そして、一歩進めば、「おかげさま」=「陰徳」と考えることもできます。

 

目に見えないたくさんの人の善意。これを総称して「陰」そして尊称をつけ「お陰様」っと表現しているとニストは考えます。

 

ビートたけしの母、さきさんも、同じような発言をされています。

「ありがとう、と気づかれるような優しさは、自己満足だ」という名言をのこしています。

 

ひとしれず、そしてさりげなく、ひとに優しさがふるまえるようなそんな男になりたいものです^^;

 

ひとりは誰かのために、誰かは一人のために

「陰徳」をつみ、社会を明るく、そして阪神を優勝させましょう^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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